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法務大臣らによる特定の弁護団及びメディアへの牽制に抗議する会長声明

2023年04月20日

東京弁護士会 会長 松田 純一

2021年3月に、名古屋出入国在留管理局に収容されていたスリランカ人女性(当時33歳)が亡くなった事件に関し、同人の入管施設内の映像(以下「映像」という。)として国が証拠提出した資料の一部を、本年4月6日、遺族側弁護団(以下「弁護団」という。)がメディアに公開した。
報道によれば、全体で約295時間の映像のうち、国が証拠として提出したのはわずか約5時間分である。この証拠提出も、映像をすべて開示するよう求め続ける遺族の声を受け、裁判所が促して、ようやく国が約5時間分だけ応じたものであり、弁護団が公開した映像はその中の更に約5分間のみである。このような、公益目的の国家賠償請求訴訟において、明らかにされた証拠を代理人弁護士が世に示し、社会に向けて問題提起を行うことは、これまでも様々な事件で行われている。
公表の趣旨につき、遺族と弁護団は、収容施設内での死亡事件について、政府によるしかるべき検証も反省もないまま、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)改定案の国会審議が行われそうな事態を受け、「収容制度のあり方を適切に議論するためには、収容の実態を知ってもらう必要があると考えた」という。弁護士法第1条は、弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とし、法律制度の改善に努力しなければならない旨を定めている。全国各地の弁護士会から入管法改定案に対する反対の声が相次ぐ中、弁護団による映像の公開は、まさにこの法的責務に忠実な行為であったといえる。
また、死亡事件の原因解明が「入管の法運用の問題点や法改正の適否を明らかにするために必要不可欠である」とした当会会長声明(2021年5月17日付)とも、その軌を一にする。
これに対し、齋藤健法務大臣(以下「齋藤法相」という。)は同7日の記者会見で、「ビデオ映像は国が証拠として提出をし、これから裁判所において取り調べることになっている約5時間分のビデオ映像の一部を原告側が勝手に編集して、マスコミに提供して公開した」と映像の公開を問題視し、「訴訟係属中の個別案件で、法務大臣として所感を述べることは司法への影響に鑑み基本的には差し控えたいが、本件については皆さんにもよく考えてもらえたらと思う」と、弁護団とメディアへの牽制とみられる趣旨の発言を行った。
さらに、齋藤法相の上記発言をSNSで紹介し、「衆議院法務委でも問題視しました。ウィシュマさんもご自身の弱られた様子を週刊誌を通じて公開されることを望むでしょうか?編集も無断であり裁判所も証拠開示に慎重にならざるを得ません」、「懲戒請求対象になってもおかしくない」、「勝手に改ざん」などとコメントする国会議員も現れた。
民事訴訟法上、提出された取り調べ前の証拠を公開してはならないという規定はなく、弁護団による映像の公開に、何ら違法はない。むしろ、公益目的から、二度と同じ惨劇が起きぬよう真実を広く伝えたい遺族の願いに、弁護団が応えたものである。公益的な個別の弁護活動を、法務大臣が個別に取り上げ、一方的に問題視することは、遺族の切なる願いを軽んじ、弁護士法第1条に忠実な弁護活動や弁護士の名誉・信用を無用に傷つけるものである。ましてや、不当な懲戒請求を市民にあおるような言動など、許されるものではない。さらに、「よく考えてもらえたら」などとメディアを牽制することは、憲法第21条第1項により保障される報道の自由、ひいては市民の知る権利への不当な干渉となりかねないものである。
当会は、入管法改定案の国会審議が間近な時期に、政府案に反対する弁護団やメディアへの牽制・圧力と受け取れる法務大臣の発言や、それを支持して助長する言動が国会議員から相次いだことに対し、断固として抗議するとともに、国会審議に関するメディア報道への不当な影響を払拭するため、発言及び言動の即時撤回を求める。

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