永住者の在留資格の取消しを容易にする法改定に反対する会長声明
2024年03月07日
東京弁護士会 会長 松田 純一
本年2月9日に外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議が決定した「技能実習制度及び特定技能の在り方に関する有識者会議最終報告書を踏まえた政府の対応について」において、「永住許可制度の適正化を行う」点が言及されていたところ、これを受けて政府が、「永住者」の在留資格を有する外国人について、税金や社会保険料等(以下「税金等」という。)を滞納した場合や、1年以下の懲役・禁錮刑を受けた場合に在留資格の取消しを可能にする法案を提出する方針(以下「本方針」という。)を固めたことが報じられている。
当会はこれまで、意見書や会長声明を通じて、長期間日本で暮らす外国人の法的地位が不当に不安定化されるべきでないことを繰り返し述べてきた 。※i この点、本方針は、最も安定的な在留資格であるはずの「永住者」の法的地位を著しく脆弱化・不安定化するものであり、当会は強い懸念を表明する。
日本政府はこれまで、永住許可にあたり原則として10年以上の日本での在留を求めるなど、他の先進諸国と比較しても非常に厳格な要件を課してきた。そのような高いハードルをクリアして永住許可を得た永住者の生活基盤はほとんどの場合日本にあり、日本で生まれ育った大人や子どもも含まれる。永住者は、それほどに日本社会に深く定着した人々である。このような永住者として日本に在留する人は、昨年6月末時点で88万178人(在留外国人の27.3%)もの多数に及び、今後一層の増加が見込まれる。本方針は、このような人々の法的地位を著しく不安定化し、その生活基盤を根底から危険にさらすことを意味する。
加齢や病気、事故、社会状況の変化など、本人には如何ともしがたい事情により税金等の納付が困難になってしまうことは、誰にでも起こりうる。税金等の納付の確保自体は必要であるが、永住者に対する納付確保の方法として在留資格取消しは過度な手段といわざるを得ず、相当性を欠いている。政府は「故意に」納税しない場合を問題視しているとされるが、そもそも故意による租税ほ脱に対しては所得税法による処罰が存在しているほか、滞納処分による強制徴収が可能であるから、それで足りるはずである。社会保険料の不払いに対しても、追徴金や刑事罰が用意されている。外国人にだけ、日本人にない負担をことさらに加重する合理的な理由はない。
また、1年以下の懲役・禁錮刑(拘禁刑)という退去強制事由に至らない程度の刑事前科には、例えば自動車の速度違反(道路交通法第118条第1項第1号。6月以下の懲役又は10万円以下の罰金)や、各種過失犯などが含まれ、普段は善良に生活していても、長い人生の中でこれらの過ちを犯さぬ保証はない。このような刑事前科に対しては、日本人と同様に、刑罰及びその後の社会内での更生により対応すべきであって、永住者としての法的安定性まで奪うことは、過剰な制裁である。
今回報じられた「永住者」の在留資格の取消制度については、未だその詳細は明らかではなく、税金等の支払いができなくなった永住者や1年以下の懲役・禁錮刑を受けた永住者がすべて、その在留資格を取り消されるわけではないのかもしれない。しかし、税金等の少額未納が発生した場合や過失犯も含めた軽微な犯罪の場合に在留資格を取り消されることがあり得るという立場に置くこと自体、永住者の法的地位を著しく脆弱化させる。またこのような案を政府が検討すること自体、最も安定した在留資格であるはずの永住者でさえ、経済的に困窮した場合や、わずかでも過ちがあった場合は生活の基盤を奪われても仕方がない、という印象を社会に与えかねない。外国人への差別や偏見を助長することすら危惧される。
なお、政府は「永住者」の在留資格を取り消しても他の在留資格を付与するとも説明しているようであるが、政府が在留審査に関して入管当局の広範な裁量を肯定していることからすると、取消しがなされた後の在留継続が保障されているとはいえず、永住者の法的地位を著しく脆弱化させることに変わりはない。
人は、貧富の差にかかわらず、等しく生きる権利を当然に有するのであって、それは国籍の有無を問わない。かつて、入管法には貧困者を退去強制(日本国外への追放)することができるとする規定が置かれていたが、1981年の改正によって削除された。本指針は、このような歴史を逆行させる。これまでの入管法にもなかった制度を導入すれば、将来を危惧した来日外国人の減少及び永住者の在留資格を取得する外国人の減少が懸念される。この点において、本方針は、政府が近年推進している外国人労働者の受入れ施策及びこれに伴う共生社会の基盤整備施策とも、むしろ相容れない内容というべきである。
当会は、税金等の支払いができなくなった永住者や1年以下の懲役・禁錮刑を受けた永住者の在留資格取消制度の導入に反対するとともに、政府に対し、真の意味での共生に向けた施策の立案、実施を求める。
以上
※i 2011年11月24日付け意見書、2012年6月15日付け会長声明
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