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日本学術会議法案に反対する会長声明

2025年05月02日

東京弁護士会 会長 鈴木 善和

2025年3月7日、政府は、「国の特別の機関」とされている現在の日本学術会議(以下「学術会議」という。)を廃止し、国から独立した法人格を有する組織としての特殊法人「日本学術会議」(以下「新法人」という。)を新設すること等を内容とする日本学術会議法案(以下「法案」という。)を閣議決定し、衆議院に提出した。

当会は、2023年3月22日付け「日本学術会議法の改正の再考と任命拒否を撤回することを求める会長声明」において、2022年12月6日に内閣府が発表した「日本学術会議の在り方についての方針」(以下「方針」という。)について、会員の推薦・選考に第三者の参画を導入するとしている点に日本学術会議の独立性をより低下させる意図が明確に読み取れること、外部評価対応委員会の機能を強化することによって、外部評価有識者による意見の影響が強まり、学術会議の活動・運営に関する自律性が損なわれるおそれがあることから、方針は、学術会議の独立性と活動・運営の自律性を損なうものであり、ひいては研究者等を萎縮させ学問の自由を危うくするものであるとの見解を発出しているが、法案は、当会が既に指摘した問題点を払拭していない。

すなわち、法案は、学術会議がその職務を「独立して」行うという現行の日本学術会議法(以下「法」という。)第3条の規定を踏襲しておらず、政府を含む外部の介入を許容する新たな仕組みが幾重にも盛り込まれている。学術会議は、ナショナルアカデミーとして学者の総意を社会や国、国際社会に発信できる組織でなければならず、そのために学術会議が掲げ続けている①学術的に国を代表する機関としての地位、②そのための公的資格の付与、③国家財政支出による安定した財政基盤、④活動面での政府からの独立、⑤会員選考における自主性・独立性の5要件(これはナショナルアカデミーとして備えるべき要件として国際的に広く共有されているものである。)は全て満たされなければならないが、法案はそのような建付になっていない。

特に、会員候補者の選考、会員の選任については、候補者の選考は法人外部委員からなる選定助言委員会の意見を聴取して策定される選定方針に従うものとされ、「会員、大学、研究機関、学会、経済団体その他の民間の団体等の多様な関係者から推薦を求めることその他の幅広い候補者を得るために必要な措置を講じなければならない」とされ、さらに、「行政、産業界等との連携による活動」等の活動実績を有する科学者が含まれるよう候補者の構成についての配慮が求められている(法案第30条)。このような様々な制約の下で、諸外国の多くのナショナルアカデミーが採用している標準的な会員選考方式であり現行学術会議も採用しているコ・オプテーション(現会員が会員候補者を推薦する方式。)による選考方式が損なわれるおそれがある。加えて、法人発足時に新会員となる「会員予定者」候補者125名を選考する候補者選考委員会委員を現行学術会議会員のうちから選ぶ旨の規定は存在せず、同委員を現会長が任命するに当たっては、内閣総理大臣が指定する学識経験者と協議しなければならないとされており(法案附則第6条)、新会員の選考は、現行会員の推薦に基づくものではなくなるおそれがある。法案は、学術会議を構成する会員の選考、選任における自律性を奪うと同時に、現行学術会議との連続性を切断するものであり、政府から独立して意見を述べる現行学術会議の基本的なあり方が根本から覆されることが強く懸念される。

学問の自由(憲法第23条)は、高等研究教育機関の構成員の権利を保障するものであるが、外部からの政治的・経済的・社会的圧力に抗して各学問分野の伝統に立脚した研究・教育の自律性を保護する必要性が高いこと、学問研究の成果がしばしば社会生活を支える既成の価値観への批判とその破壊・革新を招くため社会の側からの敵対的対応を招きがちであること等の理由により憲法上保障されたものである。高等研究教育機関の構成員のみにこうした自律的な活動が保障されるべきことは、その活動や成果が社会全体の中長期的な利益に大きく貢献しているからであり、すべての個人が生まれながらにして平等に享有する人権というよりは、むしろ、法律の専門家である職業裁判官の身分保障を含む司法の独立の保障と類比して考える必要がある。学術活動は数多くの内容に関わる規制があって初めて成り立つものであり、学問の自由は、そうした規制が大学をはじめとする学術機関とそのメンバー自身(さらには彼(女)らを包括するより広い範囲の研究者集団。)による自律的な規制でなければならないことを意味し、学問の自由の重要な内容として大学の自治が取り上げられる理由もそこにある。このような観点からすれば、学術会議の自律性を毀損し外部からの制約を課そうとする法案が学術会議とその会員の学問の自由を危うくするものであることは明らかである。かつて、1933年の滝川事件や1935年の天皇機関説事件において、政府が学術の世界に介入し、その結果、学術が政治に従属し戦争遂行の手段にされてしまったことを忘れてはならない。

そもそも、学術会議の改組の問題は、2020年秋に発覚した、政府による「会員任命拒否」問題が発端である。当時の菅義偉首相が、学術会議が推薦した会員候補105人のうち6人を任命せず、いまだにその理由も説明していない。当会は、2020年10月22日付け「内閣総理大臣に対し、日本学術会議が推薦した会員候補者を自らが任命しなかった理由を説明し、法の規定を遵守した任命手続きをとることを求める意見書」を発出し、学術会議に政府からの独立性が認められている(法第3条)のは、背景に学問の自由(憲法第23条)があることを指摘し、かつての国会答弁でも内閣総理大臣の任命行為は形式的なものに過ぎないとされていたことを踏まえ、内閣総理大臣は、日本学術会議が指名した会員をそのまま任命すべきであると指摘している。学術会議の改組の問題は、批判に応えられない政府が論点ずらしとして持ち出したものであり、任命拒否問題を棚上げにし違法状態を是正しないまま、現行学術会議を廃止して新法人を発足させることは、任命拒否の違法を糊塗する行為にほかならない。

以上のとおり、法案により新法人を発足させることは、学術会議とその会員の学問の自由を危うくするものであり、ましてそれが任命拒否問題の違法状態を是正することなく行われることは到底容認できないため、当会は、法案に強く反対する。

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