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情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案について慎重審議を求める会長声明

2011年05月23日

東京弁護士会 会長 竹之内 明

 「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」が本年3月11日に閣議決定され、同年4月1日に国会に提出された。そもそも、電子情報に対する法的規制が過度になされる場合には憲法が保障する表現の自由に対する萎縮的効果を与えるおそれがある。その点を踏まえると、同法案については、次のような問題点が存する。

まず、通信履歴の保全要請については、特に、表現の自由と表裏一体をなす憲法が保障する通信の秘密が、通信内容のみならず、その発信人または受信人の氏名・居所および通信の日時や回数など通信の履歴に関するすべての事項にも及ぶと解されてきたこと、プライバシーの権利や利益を侵害する捜査行為は任意処分としては行うことはできず、強制処分としてのみ行うこととすべきであることを考えると、捜査機関が、裁判官が発する令状もなくプロバイダ等に対し、その業務上記録している電気通信の発信元、発信先、通信日時その他の通信履歴を消去しないよう求めることができるとするのは、「任意処分に名を借りた事実上の強制処分」とも言うべきものであり、通信の秘密を保障する憲法21条2項後段、適正手続の保障を定める憲法31条、捜索・押収について令状主義を規定する憲法35条に違反する可能性が極めて強いと言わざるを得ない。

また、同法案の不正指令電磁的記録等作成等の罪については、いわゆる電子ウイルスを取り締まるという立法趣旨は理解しうるものの、プログラムする行為そのものが作成罪として処罰されるとともに、同法案が規定する「正当な理由なく」という文言や「人の電子計算機における実行の用に供する目的」が要求されているだけでは、コンピュータ・システムの正当な試験のために行われる開発行為などがこの罪に該当しないか否かが不明確であり、犯罪の構成要件においても「人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与えるべき電磁的記録」という文言は極めて曖昧であり、どのような場合に本罪が成立するのかが明確ではなく、主観的な目的や客観的な対象のいずれについても、より明確に限定されなければ、憲法31条に違反する可能性が強いと言わざるを得ない。

さらに、同法案が規定する電磁的記録に係る記録媒体の差押えの執行方法の整備については、今日のコンピュータ社会においてその規制の必要性は否定できないとしても、特に、被疑者に対する電磁的記録に係る差押えについては、捜索現場における可視性・可読性がないことから、捜査機関により恣意的・一般探索的になされ、無関係の情報が大量に記録された媒体が包括的に差し押さえられてしまう危険性がある上、これらの電子情報については、処理・加工・消去が容易であり、改ざんの危険も存する。そこで、請求権者を限定したり、コンピュータの専門家を立ち会わせたり、捜索・差押の対象となる電子計算機や記録媒体等の特定をより厳格に行う必要があるとともに、押収した記録媒体等について封印処理をするなど改ざんを不可能とする措置についても検討し、併せて規定する必要がある。

当会は、同法案におけるこれらの問題点について、国会において十分に慎重な審議がなされ、憲法の規定する表現の自由、通信の秘密、適正手続の保障、令状主義に抵触するような事態が発生することがないように、国会における慎重な審議を強く求めるものである。