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東京都教育委員会による都立高校教科書採択についての「見解」に対する会長声明

2013年08月05日

東京弁護士会 会長 菊地 裕太郎

   東京都教育委員会(以下「都教委」という)は、本年6月27日、「平成26年度使用都立高等学校用教科書についての見解」(以下「見解」という)を発表し、各都立高等学校に通知した。「見解」は、実教出版の教科書「高校日本史A」及び「高校日本史B」の記述のうち、国旗、国歌の掲揚、斉唱に関して「一部の自治体で公務員への強制の動きがある」との記述について、「都教育委員会の考え方と異なるものである」として、この2つの教科書は「都立高等学校等において使用することは適切ではない」とし、「この見解を都立高等学校等に十分周知していく」としている。
   また、報道によれば、東京に引き続き、大阪府教育委員会も同記述に関して「一面的」であるとの見解を各校に提示し、神奈川県教育委員会も上記教科書の使用を希望した県立高校28校に対し上記記述が「県教委の方針と相容れない」として再考を促したとのことである。
   教育基本法16条1項は、教育に対する「不当な支配」を禁じている。地方公共団体における教育行政は、教育基本法の趣旨に則り、公正かつ適切に行われなければならず(地方教育行政の組織及び運営に関する法律第1条の2)、これを担っているのが教育委員会である。同法が、教育委員の任命に関して、委員の定数の2分の1以上の者が同一の政党に所属することとなってはならないとし(4条3項)、また委員の年齢、性別、職業等に著しい偏りが生じないように配慮するとともに、委員のうちに保護者である者が含まれるようにしなければならないとするなど(同条4項)、委員の人選に関して細かい配慮をしているのは、上記のような教育行政の特質を踏まえたものである。そして教育は、人間の内面的価値に関する文化的な営みとして、党派的な政治的観念や利害によって支配されるべきではなく、教育内容に対する国家的介入についてはできるだけ抑制的であることが要請されるのである(昭和51年5月21日旭川学力テスト最高裁判決)。
   こうしたことから、教育委員会は、教育の自主性を尊重し、軽々に特定の価値観を押しつけるようなことは、あってはならない。
   高等学校教科書の選定は、教育の自主性尊重の見地から各校の意見が尊重されるべきである。実際、これまで、高等学校で使用する教科書は、各校がそれぞれの教育課程の目標に応じて独自に選定し、その選定に従って採択されてきた。教育基本法の趣旨に則り公正かつ適切な教育行政を行うべき都教委が、独自の「見解」を示して各学校によるかかる教科書選定に介入することは、ひいては子どもの学習権を侵害するおそれがある。
   なお都教委は、「見解」につき、「平成24年1月16日の最高裁判決で、国歌斉唱時の起立斉唱等を教育に求めた校長の職務命令が合憲であると認められたことをふまえ」、学習指導要領に基づき「国旗掲揚及び国歌斉唱が適正に実施されるよう、万全を期していく」としている。しかし、上記職務命令が合憲であるからといって、教科書選定にかかる職務命令に沿った方向付けを押しつけることを許容したことにはならず、また「強制の動きがある」との事実の記載を禁止する根拠たり得ない。上記最高裁判決も、起立斉唱等を命ずる職務命令が教員らの「思想及び良心の自由についての間接的な制約となる面があることは否定し難い」と判示しており(上記最高裁判決が引用する最高裁第三小平成23年6月14日判決)、都教委による起立斉唱等の強制の事実自体否定していない。
   当会は、これまで、「『国旗・国歌実施指針』に基づく教職員処分等に関する意見書」(2004年9月7日)、会長声明(2006年9月28日2011年3月14日同年6月14日2012年1月18日)などで、繰り返し、都教委による教職員に対する国旗国歌の強制が教職員の思想・良心の自由を侵害するのみならず、児童生徒にも心理的強制を加えその思想・良心の自由の侵害につながるものであると指摘してきた。また、日本弁護士連合会は、2012年10月5日開催の人権擁護大会の「子どもの尊厳を尊重し、学習権を保障するため、教育統制と競争主義的な教育の見直しを求める決議」において、教育委員会に対して、教育行政全般にわたり、教育への不当な支配・介入の禁止等の教育上の諸原則を遵守するよう要請している。
   そこで当会は、都教委に対して、「見解」の撤回を求めるとともに、全国すべての教育委員会に対して、教育現場に不当な介入をすることなく各学校の判断を尊重した教科書採択を行うことを求める。