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有事法制三法案に反対する声明

2002年05月10日

東京弁護士会 会長 伊礼 勇吉

 本年4月17日、政府は衆議院に、「武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(案)」、「安全保障会議設置法の一部を改正する法律(案)」、「自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律(案)」(以下、「有事法制三法案」という)を上程した。

 これらの法案によれば、政府により「武力攻撃事態」と認定された場合には、一片の公用令書の交付で、何ら弁解・防御の機会を保障することなく、私有財産の収用・使用、軍隊・軍事物資の輸送や戦傷者治療等のための役務の強制等の処分が可能とされ、しかも、取扱物資の保管命令違反に対しては6カ月以下の懲役が課され、立入検査拒否、妨害等に対しては20万円以下の罰金が課されるなど刑罰による強制も規定されている。また、交通、通信、経済等の市民生活・経済活動の規制などの措置も採り得るとされている。このような処分や措置は、「武力攻撃事態」の概念が「武力攻撃のおそれのある事態」や「事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態」までを含む極めて曖昧、無限定なものであることと相俟って、適正な手続によることなく市民の基本的人権を大きく制限する事態をもたらす危険がある。

 また、「武力攻撃事態」という曖昧な概念の下で自衛隊による武力行使や部隊の活動を円滑・効果的に行なうための措置を広く認めるこれらの法案は、憲法前文や憲法9条の定める平和主義、戦争放棄、戦力の不保持及び交戦権否認の規定に抵触するのではないかとの重大な疑念がある。「武力攻撃事態」が周辺事態法に定められた米軍の軍事活動に対する自衛隊の後方地域支援活動等に際して発生した場合、自衛隊の米軍との共同行動は、政府見解でも違憲とされている「集団的自衛権」の行使にさらに大きく踏み込むこととなるおそれが強い。

 さらに、「武力攻撃事態」に対処する権限は、内閣総理大臣に集中され、その事務を閣内の「対策本部」に所掌させることとされており、対処措置に関する重要事項等を定める「対処基本方針」につき、国会の承認を求めなければならないとされてはいるものの、承認をなすべき期間は定められておらず、国会による修正権限や承認後における濫用抑制権限の存否も明確ではない。また、内閣総理大臣には、地方公共団体に対する対処措置実施の指示権や地方公共団体が行なう措置を直接実施する権限も認められている。対処措置についてのこのような組織や手続の構造は、議院内閣制、議会制民主主義、地方自治という憲法の定める統治機構についての原則を停止ないし破壊するものであって、ひいてはその根底にある国民主権主義に抵触する危険がある。報道機関である日本放送協会などを指定公共機関とし、「武力攻撃事態」への対処につき、必要な措置を実施する責務を負わせていることは、報道の自由、国民の知る権利を侵害するのみならず、言論統制の危険性を有し、国民主権主義の基盤を崩壊させる危険がある。

 以上のとおり、有事法制三法案は、「武力攻撃事態」という曖昧な概念の下、国民や国会によるコントロール機能が充分に保障されないまま、行政機関、地方公共団体、指定公共機関に内閣の定めた対処基本方針に従った対処措置を実施する責務を課し、国民にこれに協力する努力義務を課すものであり、個々の人権侵害のおそれがあるのみならず、基本的人権尊重主義、平和主義、国民主権主義という憲法の基本原則や民主的な統治構造そのものを変容させる重大な危険性がある。

 よって、当会は、有事法制三法案の重大性、危険性に鑑み、その問題点を国民に明らかにするとともに、有事法制三法案に反対し、同法案を廃案にするように求めるものである。