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菊池事件国賠訴訟判決確定を受けての会長声明

2020年03月30日

東京弁護士会 会長 篠塚 力

1 本年2月26日、熊本地方裁判所において、いわゆる菊池事件国賠訴訟の判決が言い渡され、原告らが控訴しなかったことにより、同判決が確定した。
 菊池事件国賠訴訟とは、ハンセン病病歴者である6人の原告らが、昭和27年に熊本県菊池郡(当時)で発生した殺人事件(いわゆる菊池事件)に関し、同事件の被告人がハンセン病患者であることを理由にハンセン病療養所等の施設内に設置された「特別法廷」で非公開の審理が行われて死刑が言い渡されたことについて、憲法に違反する手続きによって、しかもえん罪で死刑にされたにもかかわらず、検察官が再審請求をしないのはハンセン病病歴者に対する被害回復義務を怠ったものであるとして、国家賠償を求めたものである。

2 本判決は、原告らの請求を棄却する一方、特別法廷で行われた審理が憲法第14条1項の平等原則に違反し、また開廷場所指定及び審理を総体として見ると、ハンセン病に対する偏見・差別に基づき本件被告人の人格権を侵害したものとして憲法第13条にも違反し、裁判公開原則を定めた憲法第37条1項及び82条1項に違反する疑いがあるとした。
 原告らは、国家賠償請求が認められなかったことは不服としながらも、特別法廷が違憲であるとする初の司法判断を尊重して控訴を断念し、違憲判決が確定したものである。

3 ハンセン病病歴者に対する隔離政策が誤りであったことは、平成13年に熊本地裁が国の隔離政策が違法であったと認めて以降、すでに社会の共通認識であると言ってよい。
 そして、ハンセン病患者らを裁いた特別法廷については、最高裁判所が独自に調査を行い、平成28年4月25日に「ハンセン病を理由とする開廷場所指定に関する調査報告書」を公表した。その中で、遅くとも昭和35年以降には、裁判所法69条2項に違反するものとなっていたと認めていた。
 今回の判決は、最高裁が認めた昭和35年より前の昭和27年に行われた菊池事件の審理が、単に裁判所法69条2項に違反するのみならず、違憲であったということを、かつて菊池事件を裁いた当の熊本地裁が認定したものであって、画期的と言える。

4 しかし、特別法廷で行われた菊池事件の刑事裁判は、手続きが憲法に違反するというのみならず、誤判であった可能性があり、その点への踏み込みが足りなかった点は残念である。
 本判決は、再審事由としての「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」の有無については、再審請求審において審理・判断されるべき事柄であるから「民事訴訟において先行して判断することは相当でない」として判断を避けたために、菊池事件の犯人とされた被告人の雪辱は果たされていない。

5 菊池事件の被告人は、自らに掛けられた嫌疑を全面的に否認していたものの、裁判所は有罪と認定して死刑が確定し、昭和37年9月14日に死刑が執行された。
 被告人が犯人視されたこと自体に、当時のハンセン病患者に対する差別・偏見があったのではないかとの疑念が残る。菊池事件の刑事法廷では、被告人以外の関係者が予防衣を着用し、ゴム手袋をはめ、箸で証拠物を扱うなど、本判決が「当時のハンセン病に関する科学的知見に照らせば合理性を欠く差別だ」と指摘するような事実もあった。そのような差別・偏見が、殺人事件についての事実認定を歪めた可能性は否定できない。
 にもかかわらず、死刑が執行されてしまった今、本人が再審請求をすることはできない。残された親族は、いまだに偏見・差別をおそれて再審請求をすることが困難な現実がある。したがって、公益の代表者たるべき検察官が再審請求をしなければ、被告人の雪辱は永遠に果たせない。
 検察官は、有罪に固執することがその使命ではなく、公益の代表者として正義を実現する職責を有している。したがって、特別法廷が憲法違反であったからには、正しい判断を求めて、再審請求をすべきである。
 「過ちを改むるに憚ることなかれ。」検察官が正義を実現することを期待する。

6 そして私たち弁護士も、司法の一翼を担う者として、今回の判決を、自戒を込めて受け止めたい。
 なぜなら、特別法廷の開廷に異議を述べなかったという点では、一審の弁護人もハンセン病患者に対する差別・偏見に与する結果となってしまったと言わざるを得ない。また、本判決は弁護人について、被告人が無実を訴えているにもかかわらず検察官の請求した証拠の取り調べに同意したこと、被告人に有利な証拠調べを請求しなかったことなど、「被告人の利益のための実質的な弁護」を行っておらず「誠実義務に違反している」と指摘している。
 私たちは、人権問題に敏感に、差別や偏見と闘って、少数者の人権保障を果たす司法の一翼を、時代を超えて担い続けたい。そのために、刑事弁護人の力量を高めることも弁護士会に課せられた使命であると肝に銘じる。

7 死刑が執行されてしまった以上、後に冤罪が判明しても取り返しがつかない。
 当会は、去る3月2日に、総会を開いて「死刑制度廃止に向け、まずは死刑執行停止を求める決議」をする準備をしていた。新型コロナ感染拡大の折から、「三密」になる総会の開催を延期せざるを得なかったが、改めて、究極の人権問題である死刑制度について、考えていきたい。

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