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特定商取引法の書面交付のデジタル化に反対する会長声明

2021年02月24日

東京弁護士会 会長 冨田 秀実

1 政府は現在、特定商取引に関する法律(特定商取引法)を改正し、同法が書面(紙)による交付を事業者に義務付けている概要書面(契約の概要について記載した書面)や契約書面(契約の内容を明らかにする書面)等について、顧客(消費者)の承諾を得た場合に電磁的方法により送付することを可能にしようとの方針を示している。
2 そもそも、特定商取引法は、不意打ち的勧誘(訪問販売等)や利益誘引勧誘(マルチ商法等)など、消費者が受け身の立場に置かれ、冷静な判断が困難となる取引類型を規制することで、取引の公正を確保し、もって消費者保護を図ることを目的としている。そして、同法には、登録制等の参入規制がなく、重要事項説明義務も定められておらず、このような法体系において、消費者保護を全うするための重要な規制として書面交付義務が定められている。
これらの書面は、消費者に契約条件や内容について情報提供を行い、その明確化を図るとともに、その交付がいわゆるクーリング・オフの期間の起算点となるなど、極めて重要な意義を有している。しかも、クーリング・オフの事項は、これらの書面に赤枠・赤字・8ポイント以上の活字で記載しなければならないとまでされているのは、ここまでの厳格な規制をしなければ消費者に対する注意喚起の機能が果たされないという立法事実に基づくものである。また、書面の存在により、高齢者が締結してしまった不当な契約に家族や見守り活動者が気づき、被害が発覚するというような、消費者保護分野における書面の機能も重要である。
このような書面の性質を前提とすれば、特定商取引法の書面交付をデジタル化することにより、消費者に対する情報提供や注意喚起、とりわけクーリング・オフの権利の告知の効果が弱まり、消費者保護という法の目的を達成できないことは明らかである。
3 また、令和2年版消費者白書によれば、65歳以上の高齢者に関する消費生活相談は依然として高水準で推移しており、2019年は全体の33%を占め、他の年齢層に比して、訪問販売、電話勧誘販売、訪問購入の割合が高い(同白書28頁、31頁)。また、2022年4月1日には民法の成年年齢が引き下げられ、若年者の被害防止対策が喫緊の課題とされているところ、20歳代を中心にマルチ商法被害が増加している(同白書31頁、48頁)。
このような状況下にあって、しかも、上述したような特定商取引法が規制している取引類型においては、冷静な判断が困難となる勧誘がなされる類型的状況があり、消費者の承諾の真意性、任意性を担保することは困難であるから、書面交付のデジタル化は、たとえ消費者の承諾を得た場合に限ったとしても、消費者保護の趣旨に反するものである。
4 以上のとおり、政府が押し進めようとしているデジタル化は、他の分野はさておき、こと消費者保護の分野においては許されないのであって、取引社会における人権問題といっても過言ではない。
よって、当会は、特定商取引法の書面交付をデジタル化する法改正に反対するものである。

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