東京弁護士会

教科書の記述に対する政府の介入に抗議する会長声明

2021年11月10日

東京弁護士会 会長 矢吹 公敏

政府は、本年4月、国会議員の質問主意書に対する2つの政府答弁書において、「従軍慰安婦」という用語は、女性らが日本軍により強制連行されたという誤解を招くおそれがあり、単に「慰安婦」という用語を用いることが適切だとし、また、朝鮮半島から日本本土への労働者の動員についても、「強制連行」又は「連行」ではなく「徴用」を用いることが適切だとした。
その後、文部科学省は本年9月8日、教科書会社5社から、中学・高校の歴史教科書などについて、「従軍慰安婦」と「強制連行」という用語の削除や変更の訂正申請があり、これらを承認したことを明らかにした。
かかる訂正申請に関しては、今般の閣議決定の後、文部科学省が本年5月、教科書会社を対象に説明会を開き、検定に合格した教科書について、記述の訂正申請は「本年6月末まで」と示した上、文科相による訂正勧告の可能性にも言及したことや、教科書の個別の記述について文科省が発行者向けの説明会を開くのは異例であることが報じられている。
社会科等の教科用図書検定基準は2014年1月に改定され、「閣議決定その他の方法により示された政府の統一的見解又は最高裁判所の判例が存在する場合には、それらに基づいた記述がされていること」という基準が付加された(以下「2014年改定基準」という。)。今般の教科書の記述の訂正は、同基準に沿ってなされたものと言える。
本来、人間の内面的価値に関する文化的な営みとしての教育に、党派的、政治的な観念や利害が入り込むべきでなく、教育内容に対する政府の介入は抑制的でなければならない(旭川学力テスト事件最高裁判決(最大判昭和51年5月21日刑集第30巻5号615頁))。閣議決定などはその時々の政治的判断に基づく政治的色彩の濃いものであり、社会的に見解の分かれる事項について正しい唯一の結論とは到底言えない。
当会は、2015年5月12日付「教科書検定基準等の改定及び教科書採択に対する意見書」(以下「2015年当会意見書」という。)において、2014年改定基準は、国による教育への過度の介入であり、子どもの学習権(憲法第26条)等を侵害するおそれがあるとして、国に対し、同基準の撤回を求めている。
今般の閣議決定は、慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話(1993年8月4日)の立場を「継承している」とする。しかし、河野談話は、慰安婦の募集が、甘言、強圧等により、本人達の意思に反して集められた事例の数が多いこと、特に朝鮮半島出身の慰安婦の募集、移送等が、甘言、強圧等により、総じて本人たちの意思に反して行われた事実を指摘している。「従軍慰安婦」「強制連行」という用語が適切でないとする閣議決定の見解は、河野談話と整合せず、恣意的であると疑わざるを得ない。
政府が閣議決定をもって教科書記述の内容を事実上決定することが、子どもの学習権を侵害し、教育の本質に反するおそれがあることは2015年当会意見書が指摘したとおりであり、今般の教科書の記述の訂正は、まさに同意見書が表明した懸念が現実化したものと言える。
よって、当会は、教科書の記述に対する政府の介入に抗議し、引き続き2014年改定基準の撤回を求めるものである。

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