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「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」に反対する会長声明

2026年06月30日

東京弁護士会 会長 石原 修

1 はじめに

2026(令和8)年6月16日、自由民主党、日本維新の会、国民民主党及び参政党は、「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」(以下「本法案」という。)を衆議院に共同提出し、同26日、本法案は衆議院内閣委員会で可決された。本法案は、国旗及び国歌に関する法律に定める国旗として用いられていると社会通念上認められる有体物について、自己所有物を含め、人に著しく不快または嫌悪の情を催させるような方法により、公然と損壊、除去または汚損する行為を処罰し、2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金を科すものとされる。

しかし、本法案は、憲法第19条(思想及び良心の自由)、第21条第1項(表現の自由)及び第31条(適正手続の保障)等の人権を侵害するおそれが大きいものであるとともに、そもそも立法事実は存在せず、制定の必要性は存しないものである。

2 憲法第19条(思想及び良心の自由)及び第21条第1項(表現の自由)を侵害するおそれ

国旗への敬意や愛着は、一人一人の自由な心から生まれるものであり、国家が刑罰によって作り出すものではない。刑罰で「国旗を大切にせよ」と迫ることは、国旗及びそれが象徴するものへの敬意を、心の内面にまで事実上強制するものである。

国旗を大切に思う人がいることは当然である。他方で、国や政府への批判、反対者・少数派の表現も保護されなくてはならない。国旗を尊重する自由があるのと同じく、国旗に複雑な思いを抱き批判的な表現をする自由も保障されるべきである。本法案は、国旗を尊重する表現は許す一方、国旗を批判的に扱う表現は罰するということであり、表現の内容・観点に着目した規制そのものである。特に、他人所有の国旗を壊す行為は器物損壊罪等で対処でき、公的行事や施設の混乱も威力業務妨害罪や施設管理権等で対応できる中で、本法案を提案するというのは、自己所有の国旗を用いる批判的な表現行為を狙い撃ちするものというべきである。

表現内容に基づく規制は、民主主義の土台を傷つけるため、憲法上、最も厳しく審査されなければならない。規制が正当化されるには、真にやむを得ない規制目的が存在し、規制が当該目的の必要最小限度の達成手段として厳密に設定されていることが必要である。

この点、提出者側は、本法案の立法目的を「国旗を大切に思う国民感情」の保護であると説明する。しかし、国旗にどのような感情を抱くか、国を思う気持ちをどのように表現するかは、個人によって異なる。ある特定の感情を「一般的」もしくは「国民感情」として国家が選別し、これに反する表現を刑罰で排除すれば、多数派の感情を理由に少数派の表現を抑え込むことになりかねず、自由な民主主義国家としての日本のあり方が変質してしまう。成熟した自由な社会では、不快な表現には刑罰ではなく反論や議論で向き合うべきである。

このように、「国旗を大切に思う国民感情」という法益の保護は、真にやむを得ない規制目的とはおよそ評価できず、憲法第19条及び第21条第1項を侵害するおそれが大きい。

3 罪刑法定主義に反し、憲法第31条(適正手続の保障)を侵害するおそれ

本法案は、「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」に当たるかを、客観的事情の総合考慮により判断し、憲法上の自由・権利に留意すると規定されている。しかし、「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させる方法」という基準は、人によって受け止め方が異なる曖昧なものであり、判断に当たり客観的事情を総合考慮するとしても、最終的に社会通念により判断するものになる以上、「著しく不快又は嫌悪」という評価が多数者の感覚に引き寄せられてなされる危険をはらむものである。また、「不当に」侵害しないように留意しなければならないというのは「不当」性の判断を第一次的には捜査機関や訴追機関に委ねるものであり、「著しく不快又は嫌悪」との評価が捜査や身柄拘束、訴追の端緒となる条文として構成されている以上、国旗の損壊等を伴う芸術表現や抗議行動、市民の政治的発言等の萎縮を招くおそれが大きい。さらに、本法案を足掛かりに、国旗損壊以外についても、権力や秩序への反抗を底流にする様々な表現を規制対象とすることにつながりかねない。附則がインターネット利用や損壊後の国旗の公然陳列等を将来の検討対象としていることも、この懸念を強める。しかも、憲法上の自由・権利に留意するとの規定を置いても、捜査・訴追・裁判の対象となること自体が表現を萎縮させるのであって、表現内容に対する著しい規制であることに変わりはない。また、3年を目途に、国旗を大切に思う国民感情を保護するのに必要かつ十分なものとなっているかなどを検討するとの附則の内容は、国家による監視の宣言であるとも評価できるものである。人々が互いの表現を監視し、自由な意見表明を控えるような社会を招いてはならないのである。

本法案は、明確性の原則に反し、適正手続の保障を定める憲法第31条に反するおそれが大きい。

4 立法事実の不存在

「国旗損壊罪」創設の理由として、刑法第92条で、外国国旗の損壊等が処罰されるのに対して、自国国旗を損壊等しても処罰されないことを取り上げ、「外国国章損壊罪のみ存在する矛盾を解消する」ことが挙げられる。しかし、外国国章損壊罪は、刑法第2編第4章の「国交に関する罪」の中に置かれているとおり、我が国の外交作用の円滑・安全等を考慮して、かかる行為を処罰することとしたものであり、本法案とは保護法益を異にするのであるから、何ら矛盾は存しない。

1999(平成11)年に、「国旗及び国歌に関する法律」が制定されたが、その際、政府は答弁書の中で、国旗及び国歌の法制化に当たり、国旗の掲揚等に関し義務付けを行うようなことは考えておらず、また、国旗の損壊等を新たに刑罰の対象とすることは考えていない、旨回答していた(1999(平成11)年6月11日内閣総理大臣小渕恵三答弁書(内閣衆質145第31号))。

以降、今日に至るまで、国旗の損壊行為が社会に蔓延し、治安・法秩序が危機に瀕している事実も存せず、立法事実はない。

5 結語

以上のとおり、本法案は、思想・良心の自由及び表現の自由を侵害し、明確性の原則にも反し、自由な言論空間における議論を通じての民主主義の基盤を失わせかねないものであって、憲法上到底許されない。当会は、健全な民主主義に必要不可欠な自由で多元的な議論の確保を求め、本法案に強く反対する。

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