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労働時間規制の緩和に反対する会長声明

2015年03月18日

東京弁護士会 会長 髙中 正彦

   2015年3月2日、厚生労働省労働政策審議会労働条件分科会は、同年2月13日付「今後の労働時間法制等の在り方について」と題する建議に基づいて諮問された「労働基準法等の一部を改正する法律案要綱」(以下「改正案要綱」という。)について、おおむね妥当との答申を厚生労働大臣に対して行った。この答申を受けて、厚生労働省は、労働基準法改正案を本年の通常国会に提出する予定である。

   改正案要綱では、「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)」と称する、職務の内容や要件を満たした労働者について労働時間規制の適用除外とする制度(以下「新制度」という。)が創設されているが、その趣旨は、「時間ではなく成果で評価される働き方を希望する労働者のニーズに応え、その意欲や能力を十分に発揮できるようにするため」と説明されている。

   しかし、そのような改正の趣旨にもかかわらず、新制度の導入によって長時間労働がいっそう助長されるであろうことは、現行法において労働時間規制の適用除外とされている管理監督者の実労働時間が、規制を受ける労働者に比べて著しい長時間労働となっている実態からも容易に予見できるところであり、長時間労働を抑止し、労働者の命と健康を守り、ワークライフバランスの確保を図る理念に逆行する結果をもたらすというべきである。
   現行労働基準法は、1日8時間1週40時間の法定労働時間を超える労働の禁止、労働時間が一定を超えた場合の休憩や毎週1回の休日を規定し、例外的に法定労働時間を超えた労働や休日労働をさせるには36協定を締結し、残業時間に応じた割増賃金を支払わなければならないこと、深夜労働にも割増賃金を支払わなければならないことを義務付けているが、この新制度によって、対象となる労働者について労働時間規制の適用をすべて除外すれば、労働者がどれだけ長時間労働や深夜労働をしても、使用者は割増賃金の支払いを免れることができ、長時間労働に歯止めをかけることが不可能となる。
   新制度の適用対象労働者の業務は、「高度の専門的知識等を必要とし、その性質上従事した時間と成果との関連性が通常高くない」ものとされているが、抽象的な要件であるために拡大解釈のおそれがある上、具体的対象業務は省令で定めるとされているために法改正によらずに適用対象業務が拡大される危険性もある。
   さらに、適用対象労働者の年収要件についても、「使用者から支払われると見込まれる賃金の額を1年間当たりの賃金の額に換算した額が基準年間平均給与額の3倍の額を相当程度上回る水準」とされているものの、ひとたび新制度が導入されれば、なし崩し的に年収要件が引き下げられ適用対象労働者が著しく拡大していくおそれがある。
   加えて、改正案要綱では、健康・福祉確保措置を講じることや、対象労働者の同意が要件とされているものの、健康・福祉確保措置は長時間労働の歯止めとしてはあまりに緩やかである。また、労働者が同意を拒否することも現実的には難しいと考えられることから、制度適用の歯止めとはなり得ない。

   我が国では、長時間労働を原因とする過労死・過労自殺・過労うつが深刻な社会問題となっており、過労死等防止対策基本法が制定されるなど、長時間労働の解消が喫緊の課題となっている。このような中で、長時間労働の歯止めを失わせる制度を新たに設けることは、長時間労働をますます助長させ、労働者の生命と健康を脅かす事態を招来することが大いに懸念されるところである。

   よって、当会は、新制度による労働時間規制の緩和に反対する。

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