一 障害者差別解消法の基本を理解しましょう
1 未だ深刻な障害者差別の現状
差別解消法は、障害者基本法の基本的な理念にのっとり、全ての国民が障害の有無によって差別されることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現を目指しています。差別解消法の施行から8年以上が経過しましたが、日本の社会から障害者差別は無くなったといえるでしょうか。
例えば、公益財団法人日本盲導犬協会が公表した調査結果によると、盲導犬ユーザーに対し、盲導犬同伴での受け入れ拒否について調査を実施した結果、2023年の1年間で「受け入れ拒否にあった」と回答したユーザーは全体の44%に上りました。
また、2024年7月3日、最高裁判所大法廷が言い渡した旧優生保護法に基づいて実施された強制不妊手術に関する国家賠償請求訴訟5件の上告審判決は、障害者差別に関する重要判例であり、弁護士としては押さえておく必要があります* 2 * 3。最高裁は、旧優生保護法の規定について、「憲法13条及び14条1項に違反するものであったというべきである。」とし、国は、憲法に違反する規定に基づいて、「昭和23年から平成8年までの約48年もの長期間にわたり、国家の政策として、正当な理由に基づかずに特定の障害等を有する者等を差別してこれらの者に重大な犠牲を求める施策を実施してきたものである。」と説示しました。弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする職業であり、このような衝撃的ともいえる重大な障害者差別が平成の時代まで長い間実施され続けてきたことについて、真摯に受け止めなければなりません。また、世間の一部からこの判決に対し、ネット等で心無い声が上がっていることも、残念ながら事実であり、障害者差別は無くなっておらず、問題には根深いものがあります。
弁護士としては、差別解消法が改正された意義を正しく理解し、自ら同法を遵守するのはもちろん、同法を活用して障害者差別の解消を実現していくことが求められます。
*2:最高裁令和6年7月3日判決
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/162/093162_hanrei.pdf
ほか4件
*3:2024年7月3日東京弁護士会「最高裁大法廷判決を受けて、旧優生保護法による被害の全面的回復を求める会長声明」
https://www.toben.or.jp/message/seimei/post-731.html
2 差別解消法の基本的な考え方
同法は、全ての障害者が、基本的人権を享有する個人として尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい生活を保障される権利を有することを踏まえて、障害を理由とする差別の解消を推進することで、共生社会の実現に資することを目的としています。
そのためには、日常生活や社会生活における障害者の活動を制限し、社会への参加を制約している社会的障壁を取り除くことが重要です。
このため、同法は、障害者に対する不当な差別的取扱いと合理的配慮の不提供を差別と規定し、行政機関等及び事業者に対し、差別の解消に向けた具体的取組みを求めています。
また、障害者が日常生活及び社会生活において受ける制限は、心身の機能の障害のみに起因するものではなく、社会における様々な障壁と相対することによって生じるものとする「社会モデル」の考え方を国民へ浸透させて、個人一人一人が障害に関する正しい知識の取得や理解を深めるとともに、建設的対話により、共生社会の実現に向けた取組みを推進していくことが期待されています。
弁護士としては、差別の解消に向けて、率先して取り組み、社会モデルの考え方を理解し、障害に関する正しい知識の取得と理解に努め、建設的対話を実践していく必要があります。
3 不当な差別的取扱いとは
同法は、障害者に対して、正当な理由なく、障害を理由としてサービスの提供を拒否する、場所・時間帯などを制限する、障害者でない者に対しては付さない条件を付けるなどにより、障害者の権利利益を侵害することを禁止しています。車椅子、補助犬、支援機器等の利用や介助者の付添い等の社会的障壁を解消するための手段の利用等を理由として行われる不当な差別的取扱いも禁止されます。ただし、障害者が劣悪な処遇を受けている事態を改善するための取扱い(積極的改善措置)や合理的配慮の提供による他の人と異なる取扱いは該当しません。
事業者としては、正当な理由があると判断した場合には、障害者に対して、理由を丁寧に説明して理解を得るように努めることが望まれます。
<正当な理由がなく、不当な差別的取扱いに該当すると考えられる例>
・障害者からの法律相談の申込みについて、障害の種類や程度、本人や第三者の安全性などを考慮せずに、漠然とした安全上の問題を理由に拒否すること。
・法律相談において、障害者に対して、障害があることを理由として、言葉遣いや態度などの接遇の質を下げること。
・法律相談の実施にあたり、障害者に対して、具体的場面や状況に応じた検討を行うことなく、一律に支援者や介助者の同伴を条件とすること。
4 弁護士が差別解消法に関わる3つの場面
① 同法を遵守すべき民間事業者としての場面
弁護士は、民間事業者として、社会的障壁の実施に係る必要かつ合理的配慮の提供を行わなければなりません。
例えば、法律相談において、相談者に障害がある場合、不当な差別的取扱いは禁止されることはもちろん、相談者に対する合理的配慮の提供を行う義務があります。
障害を理由として、法律相談や事件の受任を拒否することは許されません。
障害者差別解消法で求められること
不当な差別的取扱いの禁止(法8条1項)
・弁護士を含む事業者は、障害のある人に対して、正当な理由なく、障害を理由として、不当な差別的取扱いをすることが禁止されています。例えば、弁護士が正当な理由なく、法律相談を拒否すること、法律相談にあたり障害のない人には付けない条件を付けることなどは禁止されています。
合理的配慮の提供(法8条2項)
・弁護士を含む事業者は、障害者から社会的障壁を取り除くための対応を必要としているとの意思が表明された場合、負担が過重でないときは、障害の状態に応じて、必要かつ合理的な配慮をすることが求められます。障害者と事業者が建設的対話を行い、互いに理解し合いながら対応案を検討することが重要です。
[法の対象となる障害者とは?]
・「障害者」とは、障害者手帳の所持者に限られず、身体障害、知的障害、精神障害(発達障害や高次脳機能障害も含む)、その他心身の機能の障害(難病等に起因する障害も含む)がある人で、障害及び社会的障壁によって、日常生活や社会生活に相当な制限を受けている人全てが対象となります。
・障害者の該当性は、状況等に応じて個別に判断されることになりますので、弁護士としては、障害の範囲を狭く捉えないように注意が必要です。
[法を遵守すべき事業者とは?]
・「事業者」とは、民間事業者であり、目的の営利と非営利、個人と法人の別を問わず、同じサービス等を反復継続する意思をもって行う者のことです。
・弁護士及び東京弁護士会も「事業者」に該当します。
② 差別を受けた障害者から相談・依頼される場合
次に、弁護士が障害者からの法律相談等により、障害者差別に関する事例に出会う場合が考えられます。
障害者が差別を受ける典型的な場面として、移動・施設利用、情報へのアクセス、雇用・労働、教育、地域生活、医療、政治参加、司法及び所得保障等があります。弁護士は、不当な差別的取扱いの問題なのか、合理的配慮の不提供なのか、法的義務違反といえるのか等を判断し、解決に向けて動く必要があります。
また、受任した場合、交渉や慰謝料の損害賠償請求等により、解決を目指すことになります。民間事業者の合理的配慮の提供が法律上の義務になりましたので、弁護士としては交渉等がし易くなったといえるでしょう。
まずは、事業者に対し、義務規定について説明し、合理的配慮の内容を具体的に提示し、建設的対話により交渉することが考えられます。
③ 障害者に対応する事業者から相談・依頼される場合
そのほか、弁護士が民間事業者側からの法律相談等を受ける場合も考えられます。弁護士としては障害者差別に関する相談を受けた時は、合理的配慮は法律上義務化されたこと等を説明し、適切な対応が行われるように助言等をすることが求められます。