「国旗の損壊等の処罰に関する法律」の施行にあたり、その立件を行わないこと及び速やかな廃止を求める会長声明
2026年08月12日
東京弁護士会 会長 石原 修
「国旗の損壊等の処罰に関する法律」が令和8(2026)年7月17日に成立し、明日13日、施行される予定である。
当会は、同年6月30日付け「『国旗の損壊等の処罰に関する法律案』に反対する会長声明」において、同法案が、憲法第19条が保障する思想及び良心の自由、憲法第21条第1項が保障する表現の自由、憲法第31条の適正手続の保障等を侵害し、立法事実及び制定の必要性を欠くものであることを指摘し、その成立に強く反対した。
それにもかかわらず、同法律が成立したことは、憲法上到底看過することができず、当会は、これに強く抗議する。
同法律は、「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法」により、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損する行為を処罰するものである。しかし、自己所有の国旗を用いて、国や政府、政策等に対して批判的な表現を行うことは、表現の自由の核心に位置する政治的表現である。これを、「国旗を大切に思う国民感情」の保護を理由として処罰することは、表現内容に着目した規制そのものであり、厳格な憲法審査に堪えることができない。
また、「著しく不快又は嫌悪」という基準は、人によって受け止め方が異なり、処罰対象を明確に画するものではない。これは、罪刑法定主義の要請に反し、憲法第31条にも反する重大な問題である。
同法律の審議にあたっては、令和8(2026)年7月9日、刑事法学者148名(7月7日現在)より、「『国旗損壊罪』は制定してはならない」との声明が出された。同声明では、同法律について政治的表現の自由を規制しこれを萎縮させるものとなるおそれが強いが、それだけでなく、刑事法の観点からも重大な疑義があるとされている。
さらに、同法律の成立後の8月4日、憲法研究者201名(8月5日現在)による、「『国旗の損壊等の処罰に関する法律』の成立に抗議する憲法研究者声明」が出された。同声明では、同法律は、政治的表現行為を規制するものであるにもかかわらずその規制の合理性も必要性もなく、かつ規制の範囲も漠然とし不明確であり、同法律に基づいて捜査機関が国旗損壊等の行為を立件するようなことは許されず、同法律の合憲性を問う訴訟が起こされた場合には、同法律は裁判所により当然に違憲と判断されなければならないとした上で、特定の見解をもつ人々の表現行為を刑罰によって抑止しようとするものであり、自由民主主義の規範に照らして極めて問題があると言わざるを得ないとし、同法律の速やかな廃止を求めるとされている。
参議院内閣委員会における参考人質疑でも、憲法学者から、同法律は表現の自由及び思想・良心の自由を侵害し、また罪刑法定主義を満たさないとの厳しい指摘がなされた。国会審議においても、これらの違憲性や処罰対象の不明確性に関する懸念は解消されないまま、同法律は成立に至ったものである。参考人の木下昌彦教授が述べたように、この法律は、最高裁判所において違憲無効とされるべき運命にある。
参議院内閣委員会では、付帯決議において、国旗に対する感情は個々に醸成されるものであり、国旗に対する特定の思想や感情を強制することのないようにする旨が明記された。しかし、付帯決議によって、表現内容に着目した処罰規定の違憲性や、構成要件の漠然不明確性が解消されるものではない。むしろ、国旗に対する特定の思想や感情を強制してはならないというのであれば、この法律が現実に適用される場面は生じないはずである。
この点、同法律の施行にあたり、警察庁は都道府県警に通達を発出し、本法の構成要件該当性、違法性阻却事由の判断等に関しては、組織的に検討を行うとともに、検察当局とも緊密に連携することを指示するなど、同法律の適用にあたっては慎重な対応が必要であるとする。捜査機関がかかる通達を出さざるを得ないということはまさに同法律には看過しがたい問題があることの証左である。
同法律は、憲法に適合する形で限定的に運用すれば足りるという性質のものではない。国旗を用いた批判的表現を捜査、逮捕、送致、起訴等の対象とする可能性があること自体が、市民の表現活動を萎縮させ、国旗及びそれが象徴するものへの敬意や愛着を心の内面にまで事実上強制することにつながる。憲法第73条第1号が法律の誠実な執行を定めていることは、捜査機関及び訴追機関が、憲法上重大な疑義を有する刑罰法規を、憲法上保護される表現行為に対して機械的に適用することまで求めるものではない。
よって、当会は、捜査機関及び訴追機関に対し、憲法尊重擁護義務及び刑事司法における適正な権限行使の要請に照らし、同法律が施行された後も、同法律を根拠として、国旗を用いた表現行為を捜査、逮捕、送致、起訴その他一切の刑事手続の対象としないことを強く求める。
また、国会に対し、憲法上重大な問題を内包する同法律を直ちに廃止するための立法措置を講ずることを求める。
当会は、今後も、思想及び良心の自由、表現の自由、自由で多元的な言論空間を守るため、同法律による表現行為に対する規制を許さず、その速やかな廃止を求めていく所存である。
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