日本学術会議法の施行にあたり、学問の自由と学術会議の 独立性・自律性の保障を求める会長声明
2026年09月30日
東京弁護士会 会長 石原 修
2025(令和7)年6月11日、国の特別の機関である日本学術会議(以下「学術会議」という。)を廃止し、特殊法人としての日本学術会議を新設する日本学術会議法(以下「新法」という。)が成立し、本年10月1日に施行されようとしている。
当会は、2020(令和2)年の会員任命拒否に際し「内閣総理大臣に対し、日本学術会議が推薦した会員候補者を自らが任命しなかった理由を説明し、法の規定を遵守した任命手続きをとることを求める意見書」(2020(令和2)年10月22日)を発出した。その後も、「日本学術会議法の改正の再考と任命拒否を撤回することを求める会長声明」(2023(令和5)年3月22日)、「日本学術会議法案に反対する会長声明」(2025(令和7)年5月2日)を発出するなど、学術会議の独立性・自律性と学問の自由を守る必要性を繰り返し指摘し、法案への反対を表明してきた。しかし、当会をはじめとする多くの団体や研究者が指摘した問題を解消する修正がなされないまま法律は成立し、施行を迎えようとしている。
学術会議は、我が国の科学者を内外に代表する機関であり、政府・社会に対して日本の科学者の意見を直接提言することや、市民社会との対話を通じて科学への理解を深めること等をその役割としている。学術会議の職務は、「独立して」行うとされ(現行法第3条)、政府からの独立性が保障されている。学術会議に対する政治的な介入は、憲法第23条が保障する「学問の自由」の趣旨に反するというべきである。
「学問の自由」は、個々の研究者が自由に研究し、その成果を公表する権利にとどまらない。学問上の知見の妥当性や研究者の評価は、政治的な都合や社会の多数意見によってではなく、それぞれの学問分野に固有の方法と規律に従い、研究者集団が自律的に判断することによって確保される。学術会議は、分野を超えた科学者の代表機関として、政府から独立した立場で、時には政府の政策と異なる科学的知見や中長期的な課題を社会に示す役割を担ってきた。その独立性・自律性は、単なる組織運営上の問題ではなく、学問の自由を実効的に保障し、社会全体の利益に資するために不可欠である。
ところが、新法は、学術会議が職務を「独立して」行うとした現行法第3条の規定を踏襲せず、国に対し、学術会議の運営における自主性・自律性への配慮を求める規定を置くにとどまり、現行法と同様の独立性を明文で保障していない。さらに、内閣総理大臣が任命する監事が学術会議の業務を監査し、同総理大臣が委員を任命する日本学術会議評価委員会が活動計画や自己点検評価について意見を述べるほか、会員の選定方針に意見を述べる選定助言委員会や、活動計画・予算等に関与する運営助言委員会が設けられるとするなど、その活動に対して政府が介入するおそれがある。さらに、現行法では学術会議運営に必要な経費は国の予算措置が義務づけられていたが、新法では政府は、必要と認める金額を補助することができる、とされ、学術会議の作成した予算について、政府が必要と認める範囲のみの補助にとどまっている。政府は、国費を支出する以上、説明責任を果たす仕組みが必要だと説明する。しかし、会計上の適正や運営の透明性の確保と、学術的な判断への介入は明確に区別されなければならない。これらの仕組みを通じて政府を含む外部の意向が人事や政策提言に影響を及ぼすならば、研究者の萎縮を招きかねない。
従前「形式的行為」とされていた内閣総理大臣による会員の任命行為についても、新法は、外部委員からなる選定助言委員会の関与や、経済団体等を含む幅広い推薦を求める仕組みを定めており、研究者集団が自ら会員を選ぶ自律性が損なわれるおそれがある。新法人の発足時に選任される会員125名についても、候補者選考委員会の委員を現会長が任命するに当たり、内閣総理大臣が指定する学識経験者との協議を要する特別な手続が採用された。今後も、学術会議が学術的基準に基づいて人事と活動方針を自ら決定できるかが問われる。
そもそも、今回の改組は、従前、政府答弁や衆議院及び参議院の付帯決議等において、学問の自由等の観点から「政府が行うのは形式的任命にすぎない」旨が明確に確認され、同会議から推薦された者をそのまま任命していたにもかかわらず、2020(令和2)年に菅義偉首相(当時)が、学術会議の推薦した105名の会員候補者のうち6名の任命を拒否した問題を発端とする。当会は、当時の法律と従来の政府答弁に照らして任命拒否は許されないと指摘し、理由の説明と適法な任命を求めてきた。しかし、政府はいまだ任命拒否の具体的な理由と判断過程を明らかにしていない。本年8月に公表された新法人の会員予定者125名に6名は含まれていないが、この新たな選考の当否と、2020(令和2)年の任命拒否の是正とは別の問題である。説明責任を果たさずに旧学術会議を廃止し、法人化をもって問題の幕引きとすることは許されない。
新法には、現行法前文に明記されていた「わが国の平和的復興」への貢献という文言も引き継がれていない。戦前、学術が政治に従属し、戦争遂行の手段とされた歴史への反省を踏まえれば、学術会議が政府から独立した立場で自由に議論し、時には政府の政策と異なる見解や警鐘を社会に示すことができるという制度的条件は、今も守られなければならない。そのような独立性・自律性が失われれば、学術会議を設けることによって社会が得ようとしてきた価値も損なわれる。学術会議の独立性・自律性を確保する責任を、新法人となる学術会議自身の努力のみに負わせてはならない。
当会は、かねて指摘してきた問題が解消されないまま新法が施行されることに抗議し、政府及び国会に対し、学術会議の独立性・自律性、会員選考の自主性及び安定した財政基盤を制度的に保障するため、新法を速やかに見直すことを求める。また、政府に対し、6名の任命拒否の理由と判断過程を明らかにし、必要な是正措置を講ずるとともに、新法の施行後も学術会議の人事や活動への不当な介入を行わないことを求める。学問の自由は、市民が多様な知見に接し、自ら考え判断できる社会を支えるものでもある。当会は、市民とともに、新法人が政府を含む外部の意向に不当に左右されることなく、その独立性・自律性を保ち、学問の自由を支える役割を果たし続けるべく、新法人の活動と新法の運用を注視し、学問の自由を守るための取組みを続けていく所存である。
印刷用PDFはこちら(PDF:118KB)




