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憲法問題対策センター

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第13回「古くて新しい憲法のはなし④ ロシアのウクライナ侵攻と日本国憲法」(2022年3月号)

弁護士 津田二郎(東京弁護士会憲法問題対策センター事務局長)
ロシアのウクライナ侵攻と日本国憲法

1.ロシア軍が、2月24日、ウクライナ国境を越えウクライナに軍事侵攻(以下、「本件侵攻」といいます。)を行い、現在はウクライナの首都キエフまで制圧しつつあるとの報道があります。
ロシアのプーチン大統領は、「ロシアの行動は自衛のためである」などとして本件侵攻を正当化しているようです。また核兵器の使用も辞さないことを示唆する発言もしています。
本件侵攻に対しては、国連事務総長が本件侵攻の発端となったロシアによるウクライナ東部の地域の独立承認を国連憲章の重大な違反とする声明を出したのをはじめ、世界各国の首脳、市民から厳しい非難の声が上がっています。
国連憲章は、「主権の尊重」「領土の保全」「武力行使の禁止」などを定めて国際紛争が軍事紛争とならないように国際秩序を作っています。ロシアによる本件侵攻は国連憲章に反しています。

2.日本でも、ウクライナの惨状に衝撃を受け、またその状況を憂慮する声があがり、各地でロシアの軍事行動を非難し、平和を求める市民の行動が始まっています。
また本件侵攻と日本国憲法9条を関連させて、「憲法9条があっても他国からの軍事侵攻は止められないから改憲して軍備すべき」という改憲論や、ウクライナ市民に連帯して平和を求めるデモ行動に参加する市民に対して「日本国内でウクライナの国旗を掲げて集まっても何の役にも立たない」などとして冷笑する議論も存在しています。
そこでこれらの議論を検証してみたいと思います。

3.ウクライナは軍備がなかった、あるいは弱かったから侵攻を受けたのでしょうか。
軍事費比較(軍事費、武器輸入額、武器輸出額等の総計額。2020年)でロシアは世界4位、ウクライナは34位で、ロシアはウクライナの10倍以上の軍事力を有していました。
しかし同じ比較によると、世界第1位のアメリカはロシアのさらに11倍、第2位の中国も4倍の軍事力を持っています。
ですがアメリカは、軍事力で11倍も違うのにロシアに軍事侵攻をしません。中国の3倍の軍事力を持っているのに中国にも軍事侵攻をしません。
それについては、ウクライナが1994年に核兵器を廃棄したこと、ロシアも中国も核兵器を配備していることからアメリカも手出しできないという指摘もあるところです。日本も核武装すべきだとの議論も湧き上がってきました。
この点について、国連の軍縮担当上級代表(事務次長)の中満泉さんは「ウクライナが1994年に核兵器を放棄しなければ今日のような状況にはならなかったとの発言が非専門家の間で散見されますが、これは神話です。ウクライナに配備されていた核弾頭は、旧式のもので安全に維持できるものではなく、オペレーショナルなコントロールもウクライナにはありませんでした」、「核兵器保持によってこのような紛争が防止できず、かえって自国・地域そして世界にとっても危険な状況になっていたと思われます。核軍縮への努力を進めること、国連憲章に基づく秩序を回復し強化することは、安全保障のために必要なことです」とコメントしています。
中南米のコスタリカ共和国は、地続きの地勢であるにもかかわらず核兵器どころか常備軍すら持っていません。隣国ニカラグアとの間で何度か、直近では2010年に国境をめぐる争いが生じましたが、決定的な戦争状態に至ることがないまま現在に至っており、常備軍は廃止されたままです。コスタリカでは戦争にならないように日々平和外交を行っているとのことです。このように軍事力や核兵器と関連付けて本件侵攻を議論するのは必ずしも正確ではありません。また本件侵攻があったことを憲法9条が戦力を放棄していることと結びつけて論じることもできないというべきでしょう。

4.憲法9条は、過去に行われた戦争は、すべて自己の行為を正当化して行われたことを踏まえて、「自衛の名においても日本が他国に軍事侵攻することを許さない」と宣言した点に意味があります。そして憲法は戦力を放棄すれば他国が侵略しないなどと短絡的に考えているのではなく、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持」(憲法前文)するためのあらゆる方策をとることによって、戦争になる状態を作らないことを求めているのです。ちょうどコスタリカが中南米で行っている平和外交のようなイメージです。

5.またウクライナの情勢に思いをはせ、ウクライナの市民を心配し、ウクライナに平和を求めるデモに参加することは何の役にも立たないからやめてしまったほうがいいのでしょうか。
確かに平和を求めるデモに参加することは直接的にロシアの軍事侵攻を止めたり、ウクライナから撤退させたりするほどの力はないかもしれません。
しかし、一方で高速情報網が発達している現代では、ウクライナの市民に対して世界各地でウクライナの市民を応援する姿がSNSやインターネットニュースなどを通じて届いていることでしょう。ロシア軍の攻撃にさらされている、あるいはその危険を感じている市民にとって、孤立無援でないことはどれだけ支えになることでしょう。あなたが攻撃を受ける当事者であったなら、インターネットでは何もないことのようにされている世界と、あなたを助けたいと思っている人が大勢いる世界のどちらを望みますか。また自国民の動向は必ず政府の政策に反映します。多数の国民が本件侵攻を批判しウクライナとの連帯を求めるならば、政府はウクライナに連帯するための外交努力を行うはずです。そのような国が多数になれば、かならず解決の糸口が見えるはずです。
かつてベトナム戦争が起こったとき、米軍の戦車が横浜からベトナムへ運ばれようとしました。それを市長が法令違反を理由として通行を許可せず、また市民が道路をふさいで通行を阻止したことがありました。のちにベトナム政府は「まちがいなく何人かのベトナム市民が救われた」といって感謝したといいます。

あなたは「あのとき何をしていたのか」と尋ねられてどのように答えますか。「力はなかったけど反対の声を上げていたよ」、「何もしていなかった」、「無駄だからやめてしまえと何かをしようとしていた人たちの行動をやめさせた」。私は「力はなかったけど反対の声を上げていたよ」と伝えたいと思います。そして微力ではあっても無力ではない私たち一人ひとりの市民の小さい声が大きな力になるものと思います。 

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