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憲法問題対策センター

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第22回2022年公開の映画で考える憲法と人権(国際編①)(2023年1月号)

弁護士 眞珠浩行(東京弁護士会憲法問題対策センター副委員長)
2022年公開の映画で考える憲法と人権(国際編①)

昨年末、「2022年公開の映画で考える憲法と人権」の国内編をお届けしましたが(2022年12月号)、今回は国際編です。戦争に異を唱えるだけで逮捕、拷問、更には殺害までされてしまうというロシア、多くの人々の住居・電気・水道など生存の基礎さえ破壊され続けているウクライナ、タリバンの実権の下、女子の大学教育が停止されたアフガニスタン等に限らず、世界の人権状況はますます厳しさを増しています。
憲法で人々の権利や自由を定めていても、絵に描いた餅に過ぎず、実態は権力者のやりたい放題という国も少なくありません。しかし、憲法は単なる飾りや建前ではなく、市民の権利・自由を保障するために国家権力を制限する法規範であり(立憲主義)、権力者が憲法を遵守しているか、不断の監視が必要です。幾つかの映画を通して、世界の人権状況と憲法について考えてみませんか。

1【ロシア、ウクライナ】ロシア・ウクライナ戦争とそれに至る歴史
「親愛なる同志たちへ」「ナワリヌイ」「ドンバス」「ウクライナから平和を叫ぶ〜 Peace to You All 」「リフレクション」「アトランティス」
2022年2月24日、ロシアは、国際法に違反して、ウクライナに対する侵略戦争を始めました。間もなく1年が経とうとする2023年1月現在においても、戦争の終結時期は見通せず、犠牲者は増え続けています。何故このような事態になってしまったのでしょうか、歴史を遡ってみましょう。

(1) まずはロシアです。「親愛なる同志たちへ」は、1962年6月2日、スターリン没後のソ連で起こった虐殺事件「ノボチェルカッスク事件」を描いた作品です。ストライキを行った工場労働者や市民に対し、当局は戦車を出動させて無差別に銃撃、多数の死傷者を出しましたが、その事実はソ連崩壊まで約30年も隠蔽されていました。権力に異議を申し立てる自国民を容赦なく弾圧する強権体質は、ウクライナ戦争に反対する市民への弾圧と同根です。ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞受賞。「ナワリヌイ」は、プーチン批判の急先鋒として知られ、モスクワ市長選にも立候補した弁護士で野党指導者のアレクセイ・ナワリヌイ氏についてのドキュメンタリーです。2020年8月、下着にロシアの毒物「ノビチョク」を塗られた同氏は移動中の飛行機の中で昏睡状態になったものの、奇跡的に一命を取り止め、ドイツに移送されて治療を受けたことが国際的なニュースになりました。同氏はドイツでの治療によって健康を回復しましたが、その後帰国したモスクワの空港で逮捕された後、詐欺罪の名目で有罪判決を受け、現在もロシア西部の刑務所に収監されています。同氏は獄中から、その処遇について「1時間おきに起こされる」「ここにいたら殺されてしまう」と訴えています。映画の中で、同氏がドイツ滞在中、毒物を使った相手を電話で突き止めていく場面はスパイ映画のようで痛快ですが、その後の経過からすると、同氏が刑務所で人権を保障されて適正な処遇を受けているのか、その安全が強く懸念されます。

(2) 次はウクライナです。「ドンバス」は、ウクライナ出身の監督が、ウクライナ東部の「ドネツク州」「ルハンスク州」(併せて「ドンバス地方」)で起こったと見聞きした無法な「ありえない」話を、13のエピソードとして描いた作品です。2014年4月、ドンバス地方のドネツク人民共和国とルハンスク人民共和国は一方的にウクライナからの独立を宣言し、それ以来親ロシア派勢力によって支配されてきましたが、昨年2月のロシアのウクライナ侵攻はその延長線上にあります。世界がもっとこのドンバス地方の実情と2014年の3月に起こったクリミア併合に厳しく対応していたら、今のような戦争には至らなかったかもしれません。カンヌ国際映画祭<ある視点>部門・監督賞受賞。「ウクライナから平和を叫ぶ〜 Peace to You All は、スロバキア出身の監督が、ドンバス地方及びキーウ等の住民の声を記録したドキュメンタリーです。2014年以降、ドンバス地方では激しい戦闘が続いており、当時から住民は親ウクライナ派と親ロシア派とに分かれて対立し、大きな犠牲が生じていたことが分かります。監督の言うように「21世紀になっても人は戦争をしたい」のでしょうか。「リフレクション」「アトランティス」は、一人のウクライナ人監督による連作で、前者はドンバス地方で捕虜になった医師が、戦場の地獄を体験しながら、それでも生き抜こうとする再生の話、後者は戦争が終わったと仮定した2025年の同地方において、主人公が戦争のトラウマに苦しみつつも、ボランティアとして活動する中で希望を見出していく話です。両作品とも悲惨で過酷な内容を描きつつ、長回しのカメラによる詩的な美しい映像が強い印象を残します。

第22回 ②へつづく⇒

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