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憲法問題対策センター

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第17回「古くて新しい憲法のはなし⑥」(2022年5月号)

弁護士 津田二郎(東京弁護士会憲法問題対策センター事務局長)

憲法9条はお花畑か。
ウクライナに対するロシアの軍事侵攻を契機に、「軍備をして他国からの侵略に備えなければならない」という意見をよく耳にするようになりました。そしてそのような主張はたいてい「憲法9条の非軍事平和主義はお花畑だ」として憲法9条を批判します。「お花畑だ」というのは、「メルヘンチックだ」だとか「空想的だ」との比喩、つまり「現実的ではない」ということも含んだ表現だと思います。

では、本当に憲法9条の存在は「お花畑」なのでしょうか。

憲法9条の内容は、戦力不保持と戦争放棄(交戦権の否認)です。旧文部省は、このことを「みなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」、「いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。また、戰爭とまでゆかずとも、國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戰爭の放棄というのです。そうしてよその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけるのです」と説明していました(出典 青空文庫「あたらしい憲法のはなし」)。

数字で検討してみましょう。日本国憲法が発効したのは、1947年5月3日です。これ以降現在まで、日本では朝鮮戦争の際に機雷掃海に派遣され掃海艇が触雷沈没した際に1名が死亡したようです(出典 参議院議員吉岡吉典氏の昭和62年2月21日付「朝鮮戦争への日本人のかかわりに関する質問」趣意書。なお朝鮮戦争に掃海艇を派遣すること、派遣に当たって国会で議論されず、その結果の報告もなかったことも含めて憲法違反となりうるためか、政府としては詳細は不明としています)。

同じ時期についてアメリカについて見てみたらどうでしょうか。「NATIONAL GEOGRAPHIC」という雑誌の2020年5月1日付「米国の新型コロナ死者数、ベトナム戦争を上回る」という記事の中に、主な戦争による戦死者数の記載があったので、これを転載すると、朝鮮戦争(1950~53)3万6574人、ベトナム戦争(1964~75)5万8220人、アフガニスタン紛争(2001~)2445人、イラク戦争(2003~10)4431人とあり、これだけで合計10万1670人になります。アメリカ軍の戦死者数は、必ずしもすべての戦争を網羅していないのでこれよりも増えることが予想されます。

日本とアメリカでは、戦死者の数は大きく違っています。アメリカは、世界各国に米軍を派遣し戦闘行為に参加していますが、日本は、憲法9条が「紛争解決手段としての戦争ないし武力行使」を禁止していることが歯止めとなって長く自衛隊の海外派遣を行わず、現在まで戦闘地域に派遣することを目的とした自衛隊の海外派遣は行われていません。このように戦争で犠牲者を出さないという点において、憲法9条は十分に「現実的」な役割を果たしていると思います。

しかし、「そうはいっても他国が攻めてきたらどうするの」という素朴な疑問もあるかもしれません。世界各国の軍事費を集計しているスウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)の発表によれば、例えば、世界の軍事費に占める隣国中国の割合は14.1%で、同2.6%の日本を大きく上回っています(出典 株式会社第一生命経済研究所「世界軍事費ランキングとパワー・バランス~SIPRI軍事費2022年版公表、日本の防衛費の行方は~」)。さらに中国の軍事費は毎年の経済成長並の増加傾向があるとのことです。ウクライナに侵攻しているロシアも軍事費の割合は3.2%で日本を上回っています。

そもそも人口比で10倍、軍事費が6倍以上の中国や圧倒的な資源をもつロシアを相手に軍事力で対抗しようと考えることが本当に「現実的」なのか、私には疑問です。

その上、日本は資源に恵まれず食糧自給率も極めて低い水準にあることから貿易によって食糧や経済を成り立たせていますが、戦争になれば最悪それらが一切入ってこなくなること、食糧が不足し経済が動かなくなることを覚悟しなければなりません。また、日本は東西に長い島国で海岸線が多い上、平野部が少なく「守りにくく攻めやすい」地形をしており、海岸線には標的となり得る原発もたくさんあります。

外交努力の「その先」の心配をして憲法9条を改正するよりも、外交努力を「どのように続けるのか」、「どのように紛争を回避するのか」を考えることがもっとも現実的なのではないでしょうか。

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