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第8回 憲法学と選挙制度②(2021年10月号)
弁護士 棚橋桂介(東京弁護士会憲法問題対策センター副委員長)
日本の選挙制度を概観しただけでも、歴史があってなかなか複雑なのですが、世界に目を向けると、様々な選挙制度が存在します。例えば、フランスでは、小選挙区二回投票制という制度が伝統的にとられてきました(この制度は、オランダ、ドイツ、ノルウェーなどでも実施されたことがあります)。これは、一回目の投票では、有効投票の過半数を獲得した候補者のみが当選し、該当する候補者がいない場合には二回目の投票が行われ、そこでは相対多数で当選者が決まるという制度です。この制度の下では、第一回投票では有権者は自らの選好を率直に表明することができる一方、決選投票において政党間の連携が必要となり、しかも相対的に多くの得票が期待できる中間的な政党の候補者が当選する確率が高くなるといわれています。
このように選挙制度には様々な形態があるわけですが、そもそもなぜ選挙という手法をとるのでしょうか。それは、有権者の意思を国政に反映させるためです。
そして、有権者の意思をいかに国政に反映させるかについては、①有権者の意思を正確に国政に反映することと、②議院内閣制の下で強力で安定した政府を構成するという2つの要請を考慮すべきだといわれています。
この2つの要請は往々にして相矛盾し、またそれぞれの要請が具体的に何を意味するかについても見解が分かれるところです。
衆議院議員総選挙に話を戻すと、そこで採用されている小選挙区一回投票制は、二党制に向かう傾向があり[1])、政局は安定するが、少数派の意思を国政に反映するには適切でないといわれます。
全国的な二党制が出現した場合、いずれかが議会の過半数を占める蓋然性が高く、過半数を占める政党によって支持される内閣は強力で安定した内閣になるでしょう。
また、両党は、中間層の有権者の獲得を目指して、互いの政策距離を接近させるはずですから、両党の政策は次第に差異がなくなり、政権の交代にも拘わらず長期的に見て国政の一貫性を保つことができます。但し、こうした小選挙区一回投票制のメリットは、有権者が左右両極に分断され中間層が薄くなっている場合や、数としては多く存在する中間層の有権者が政治への関心を失って投票率が低い場合には、失われてしまいます。小選挙区一回投票制の是非はともかく、この制度が現実に採用されている以上は、そのメリットが失われないようにするという観点も必要です。
小選挙区一回投票制のデメリットとしては、有効投票の相対多数で当選者が決定するため、有権者がその本来の選好に即して投票すると多くの死票が出るので[2])、少数派の有権者は当選可能な候補者への戦略的投票を行わざるを得ないこと、すなわちこの制度は少数派の意見の代表に適していないことが挙げられます。いわゆる野党共闘は、小選挙区一回投票制を前提とした政党側からのこの問題に対する解決策として、少なくとも一定の評価には値するというべきでしょう。
比例代表制については、大選挙区制の下で、各党派の得票数に応じて議席を割り当てるものですので、死票が少なく、有権者の意思を正確に国政に反映する上で優れているといわれています。
他方で、比例代表制のデメリットとしては、小選挙区制と異なりいずれかの党派を過大に代表することがないため、議会の過半数を占める政党の出現を困難にし、政局を不安定にすると言われます。比例代表制の下では、各政党は自党の支持者を他党に奪われまいとして、政策的に近接している他党を激しく攻撃したり、自党と他党との違いを強調することで、政治過程全体の政策距離を拡大する傾向があるともいわれます。
もっとも、こうした問題点は、選挙区の規模を小さくしたり、小政党の算入にハードルを設けるなどして議会に代表される政党の数を少なくすることで、ある程度抑えることができるとも指摘されています。また、政党間の連携がうまく持続すれば、安定した連立政権が可能となります。
[1]) 小選挙区制の下で二党制を実現するためには、社会が比較的均質的で、多数派・少数派が入替え可能であることが条件となり、この条件を欠く場合、小選挙区制の採用は一党優位制をもたらすおそれがあるとの指摘もあります。
[2]) 例えば、候補者3人が立候補した小選挙区の下で有効投票数の40%を得た与党候補者が当選した場合、それ以外の2人の野党候補者に投票した60%の有権者の投票が死票となります。多くの選挙区でこうした結果となる場合、与党は野党に対して得票総数で劣るものの、議席数において圧勝となります。
第8回 憲法学と選挙制度③へつづく⇒