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憲法問題対策センター

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第35回 古くて新しい憲法のはなし⑬
「冤罪と三権分立~政府は裁判所の「証拠をねつ造した」との判断を尊重しなければならない~」(2024年11月号)

弁護士 津田二郎(東京弁護士会憲法問題対策センター副委員長)
冤罪と三権分立~政府は裁判所の「証拠をねつ造した」との判断を尊重しなければならない~

石破総理大臣が10月12日に日本記者クラブで行われた与野党党首の討論会で、「袴田さんの事件が証拠のねつ造であったのかどうかはいろいろな議論があり、判断する材料は持っていないが、法的に非常に不安定な状況に長く置かれ、高齢になられたことも全般的に考えて検察として判断がなされたと考えている。高齢の袴田さんがああいう状況に置かれたことについては、政府として一定の責任は当然感じなければいけない」と述べた旨報道されました。

「袴田事件」は、1966年6月に静岡県清水市(現静岡市清水区)で、放火され全焼した住宅内でみそ製造販売会社専務の一家4人が遺体で発見された強盗殺人、現住建造物放火事件です。当時同会社の従業員であった袴田巌さんが犯人として逮捕、起訴されましたが、袴田さんは公判で自らは犯人ではないとして無罪を主張していました。しかし、起訴後にみそ製造工場のみそタンク内から多量の血液が付着した状況で捜査機関が発見したとされるいわゆる「5点の衣類」等の証拠に基づき、第一審(静岡地裁)は有罪・死刑の判決を言い渡しました。袴田さんは控訴、上告しましたが、いずれも棄却され、1980年12月に同判決が確定しました。

再審無罪を求めた袴田さんは、二度目の再審請求で2023年3月13日にようやく再審開始決定を得ることができました。

再審開始決定に基づき2023年10月から始まった再審公判では、検察官は再び有罪立証を行い、袴田さんに対して死刑を求刑しましたが、静岡地裁は無罪判決を言い渡しました。無罪判決は、要点①非人道的な取調べによって獲得された自白調書、②最も中心的な証拠であった「5点の衣類」、③袴田巌氏の実家から発見されたとされる「5点の衣類」のズボンの共布について、いずれも「捜査機関によってねつ造された」と認定しました。

さて、石破総理大臣の発言は、裁判所は「証拠がねつ造された」と認定したものの、検察官はねつ造ではないと主張していたことから、「いろいろな議論がある」と指摘したものと思われます。

しかし、憲法のもとで国家権力は、行政、立法、司法の各部門に分けられて(三権分立)、それぞれが相互に監視し合うこと(均衡と抑制)で、国家権力が暴走することを防ごうとしています。

そのため、どんなに不都合であっても、犯罪捜査を行い、被疑者を訴追して刑事裁判にかける行政権は、司法権を担う裁判所の判断を尊重することが求められるのです。裁判所が証拠に基づいて認定した事実を、行政権の長である内閣総理大臣が裁判所の判断が確定しているのに、自らがよく分からないことをもって「判断する材料がない」などということはあってはなりません。裁判所の判断を尊重し、捜査機関による証拠のねつ造があったことを前提として再発防止措置を講じることが必要です。

憲法は、権力の暴走を防ぐためのルールであり、国政上もっとも尊重されなければならないものです。「ルールを守る」というのであれば、まずは憲法を守るところから始めなければなりません。

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