アクセス
JP EN
憲法問題対策センター

憲法問題対策センター

 

第36回 古くて新しい憲法のはなし⑭
「戒厳令・緊急事態と憲法~韓国の戒厳令発令と解除から学ぶ危険性~」(2024年12月号)

弁護士 津田二郎(東京弁護士会憲法問題対策センター副委員長)
戒厳令・緊急事態と憲法~韓国の戒厳令発令と解除から学ぶ危険性~

2024年12月3日夜、韓国の尹(ゆん)大統領は、突如戒厳令を宣言し、軍隊が国会に押しかけるなどしました。封鎖された国会前には多くの民衆が集まり、軍隊の国会への侵入を阻止するため、何十もの「盾」になり抵抗しました。戒厳令の宣言から約6時間後には、議会の過半数を占める野党「共に民主党」が主導し戒厳令を解除する投票を行い、集まった議員の全員一致で戒厳令の解除が議決されました。

韓国でのこの出来事を踏まえて、「日本でも戒厳令や緊急事態条項の整備をして権力の暴走を防ごう」との意見があるので、この点を検討します。

さて「戒厳令」とは、「戦時または異常な事態が国内に発生したとき,立法権・司法権・行政権の全部または一部を軍の支配下にうつすことを宣言する命令」と定義されています(学研「キッズネット辞典」より)。一方緊急事態条項は、「戦争やテロ、それに大規模な災害などの非常事態に対処するため、政府の権限を一時的に強化する規定のこと」と説明されています(NHKウェブサイト「ねほりはほり聞いて!政治のことば」より)。

つまり、戒厳令も緊急事態条項も「異常な事態」に対応するための制度である点は共通していますが、戒厳令は軍の権限が拡大するもの、緊急事態条項は政府(内閣)の権限が拡大するものとの違いがあります。戒厳令は、憲法で軍隊が認められていない日本では、そもそもその前提がないことになります。緊急事態条項は、内閣の権限を強めるので、憲法改正によって創設すること自体は検討されうることになりますし、実際に自民党や国民民主党、日本維新の会などは憲法改正によって緊急事態条項を創設しようという主張をしています。

今回韓国で戒厳令が速やかに解除されたのは、議会の議決があったからです。ここは、大統領制をとっている韓国の特質と直前の総選挙の結果を考える必要があります。大統領は、国民の直接選挙で選ばれます。韓国は直近であった総選挙で大統領を支える与党が大敗北し、野党が勢力を伸ばして過半数を獲得しましたが、大統領が直ちにその地位を失うことはありません。韓国で戒厳令の解除が速やかに行われたのにはこのように野党会派が議会の多数派であったという偶然が作用していたように思います。

日本では議院内閣制をとっており、基本的には議会の多数派の与党から内閣総理大臣が指名されることになります。議会の多数党派から内閣総理大臣が選ばれるため、議会の勢力分布と内閣の関連性はより深くなります。そのため内閣が緊急事態を宣言した場合には、議会のチェック機能が働かない可能性が高くなります。

一方、少数であっても野党が理屈を通せば与党からの賛同も得られるのではないか、との指摘もありますが、可能性の指摘に留まります。実際憲法違反ではないかとの指摘が弁護士会を始め各方面から多くなされた安保法制は充分に国会で議論されることなく与党によって強行採決されてしまいました。

そもそも尹大統領が戒厳令を宣言したのは、客観的な状況ではなく、総選挙での与党の大敗北と自身に対するスキャンダルの追及を封じる目的があったのではと指摘する声もあります。

このように韓国の事態は、戒厳令という権力の暴走を許す制度があったために、これが濫用されたのであって、速やかに解除されたのは偶然の産物であったと考えるべきです(市民が軍隊の国会への侵入を阻止したことは重要で、議会による戒厳令の解除の議決を尹大統領が受け入れたことも幸いした)。憲法改正をして緊急事態条項を創設する必要性を示したのではなく、むしろ権力を誰かに集中させる制度の危険性が浮き彫りになった事件であったと考えるべきだと思います。

憲法問題対策センターメニュー