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憲法問題対策センター

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第15回「グレーゾーン事態というグレーな領域でのグレーな試論」(2022年4月号)

弁護士 菅 芳郎(憲法問題対策センター憲法改正問題対応部会部会長)

グレーゾーン事態というグレーな領域でのグレーな試論

2020年2月、陸上自衛隊が報道機関の記者を対象とした勉強会を開催したが、そこにおいて、グレーゾーン事態における「予想される新たな戦いの様相」の対象として「反戦デモ」や「事実に反する事柄を意図的に報道する行為」が例示されていたとことが、本年3月30日に各メディアで報道された。
報道された事実が正しいとすると、いくつかの重大な問題点がある。

そもそもこの「グレーゾーン」とは、安保法制(言うまでもなく、これに対しては、日弁連・各地方弁連・当会をはじめとする全ての単位弁護士会が違憲として反対している。)において、「平時から有事まで切れ目のない安全保障」という標語のもとで、平時と有事の間の事態を指す用語である。それゆえ、その領域に何が含まれるかは極めてあいまいであり、この領域を「グレーゾーン」と称することで、法的な根拠に乏しい自衛隊の活動が安易に認められる恐れがある。
しかし、これまでは、国内の治安に関する対応については都道府県警察や海上保安庁が担当しており、このような分野に自衛隊が直接出動することを想定することは、本来的な任務を主体的に拡大する意図がうかがわれる。このことは、憲法9条のもとで厳格な法規制に服するべき自衛隊の本質を害する危険性がある。

また、自衛隊自身が、自己の活動の範囲を拡大する意図を持っているとすると、これは自衛隊が内閣や国会の統制に服するべきであるというシビリアンコントロール(文民統制)の考え方にも反する疑いがある。
さらに、本質的な問題は、市民の自由な意見表明の保障(憲法21条)を害するという点で憲法に反するおそれがある点である。市民は多くの場合、情報の受け手でしかないため、デモや集会は数少ない情報の送り手となりうる重要な手段である。これらの手段は、民主政を支える基礎として極めて重要であることはいうまでもないが、それゆえ、ひとくくりに「反戦デモ」を自衛隊の実力行使の対象とすることは、許容する法的根拠がないだけでなく、むしろ、端的に市民の政治的表現行為という民主政の根幹をなす憲法上の重要な人権を不当に侵害するおそれがあり、憲法違反の疑いが強いというべきである。

そして、「反戦デモ」が特に示されたことについては、それが「実力行使に対する批判」を意味する点で、戦力ではないとはいえ世界有数の実力組織である自衛隊が、自己に対する批判的活動として認識しているとすると、自己に対する批判に対しては実力を行使して阻止することも辞さないという不適切な政治的な意図も推知されかねない。
さらに驚くべきことに、「事実に反する事柄を意図的に報道する行為」という例示もあったとされている。そもそも、このような「報道行為」に、自衛隊がいかなる実力を行使するのかを想定することは難しいが、この例示が報道機関の記者に対する勉強会において示されたことは、報道機関に対する明確な圧力となるはずである。もちろん、「事実に反するか否か」や、「意図的か否か」について誰がどのような基準で判断するのかも問題であるが。

なお、これらの例示は、その後批判を受けて修正されたとされているが、修正前の元の文書は、文書管理法の定める保管期間よりも前に破棄されていることが発覚したと報道されている。これが真実であるなら、財務省によるいわゆる「森友文書の破棄」と同様に、国民のために貴重な情報を管理しなけれはならない国家機関が、自身に不都合な文書は法に反してでも破棄・隠蔽することが常態化しているのではないかという疑念すら生じかねない。

以上のような報道が真実であるとすると、このあいまいな領域における憲法9条の下での自衛隊のあり方の問題、特に健全な民主政を害しかねない危険性を孕む疑いがある点において、文言を修正したから済まされるという問題ではない。
それにしても、「事実に反する事柄を意図的に報道する行為」について、メディアが一斉に強く反発していないことには、驚きを禁じ得ないが、このことが、すでに萎縮効果が生じていることを意味するのではないことを強く願う。

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