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憲法問題対策センター

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第49回 加藤陽子教授「近代日本の戦争を戦後80年の地平から考える」を聴講して ~憲法講演会報告~(2025年12月号)

弁護士 髙井健太郎(東京弁護士会 憲法問題対策センター副委員長) 

東京弁護士会内の三会派(法曹親和会/法友会/期成会)が定期的に開催する憲法講演会は、今年4月に開かれた宇野重規教授(政治学・東京大学社会科学研究所)による「トランプ2.0 民主主義の行方」に続き、加藤陽子教授(歴史学・東京大学大学院人文社会研究系)による「近代日本の戦争を戦後80年の地平から考える」が11月17日に開かれました。その講演タイトルから想像されるようにその講演内容は豊富かつ多岐にわたり、その概要をまとめることは私の手に余るものなので、聴講しながらつらつらと思い浮かんだ感想を簡単に述べて、報告に代えさせていただきたいと思います。

本講演のなかで特に印象に残ったのが、加藤教授が全体のイントロダクションとして、SF小説の大家・小松左京(1931~2011年)の短編「地には平和を」(1963年初出)と日本古代史の大家・直木孝次郎(1919~2019年)のエッセイ「森鴎外は天皇制をどう見たか――「空車」を中心に」(2011年初出、『歴史学者と天皇・戦争』吉川弘文館収載)を取り上げていたことでした。

前者は、いわゆる「歴史改変SF」と呼ばれるジャンルのものです。1945年8月15日の正午に予定されていた玉音放送は流されず、その代わりに、鈴木貫太郎首相以下閣僚・重臣が「不測の事故」により死亡したという臨時ニュースが流される・・・・・・という「もう一つの歴史」を舞台として、米軍との絶望的な本土決戦のなかを少年兵がさまようというストーリーで、小松左京の実質的デビュー作として知られています。後者は、森鴎外が軍医として34年間務めた陸軍省を退職した1916年に発表した「空車(むぐるま)」を題材として、この400字詰原稿用紙約6枚の超短編小説について歴史学者としての独自の解釈を展開するものです。

前者は、個人的にも思い出深い作品で、今から45年ほど昔の中学生時代、当時SF小説にはまっていた私はこの作品を読んで感銘のあまり、クラスの学級日誌に感想文めいたものを書いた記憶があります。5000年後の未来から到来し「本来の歴史」から「もう一つの歴史」を分岐させるという時間犯罪を行った天才博士に、小松は、次のように語らせます。「・・・・・・日本はもっと大きな犠牲を払っても、歴史の固い底から、もっと確実なものをつかみあげるべきだった。・・・・・・日本という国は完全にほろんでしまってもよかった。」(『小松左京セレクション1』河出文庫69頁。ちなみにこの一文は昔の学級日誌でも引用)。ここには、本土決戦を戦う少年兵でもありえた小松の生の声が溢れていると言えるでしょう。

一方、後者において、鴎外が白山通りを空の大きな荷車が馬に曳かれていく様を「それが空虚である故に、人をして一層その大きさを覚えしむる。この大きな車が大道狭しと行く・・・・・・此車に逢えば、徒歩の人も避ける。騎馬の人も避ける。貴人の馬車も避ける」と描く空車とは、鴎外からみた天皇制のことであり、その空車を馬の口をとって曳く「背の直(すぐ)い大男」とは、鴎外からみた元帥・山県有朋の姿と直木は読み解きます。鴎外はこの空車の行き着く先を記していませんが、この掌編発表から3年後に生まれ、その後100年を生きた直木、そして、それに仮託した加藤教授の観点からは、天皇制という空車をその周囲に侍る重臣たちが曳き続けることで、かろうじて成り立っていた近代日本のあやうさが、一気に露呈したのが1930年から1945年の敗戦に至る道程だったと言うべきでしょうか。

「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きることのないようにすることを決意」(前文)し誕生した日本国憲法でありますが、戦後80年を迎えた今日、我々は本当に「歴史の固い底から、確実なものをつかみあげる」ことができたと言えるのでしょうか。またぞろ、対国内向けの威勢のよい言説が蔓延る今日この頃、加藤教授の講演を通じて、この二作品をとば口に、過去の歴史を無意味なものとしないための視座を示していただいたと感じた次第です。

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