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- コラム「憲法の小窓」
- 第50回 古くて新しい憲法のはなし⑯「台湾有事は存立危機事態」とした高市発言の問題は(2026年1月号)
- 第49回 加藤陽子教授「近代日本の戦争を戦後80年の地平から考える」を聴講して ~憲法講演会報告~(2025年12月号)
- 第48回 人権擁護大会プレシンポジウムのご報告(2025年12月号)
- 第47回 古くて新しい憲法のはなし⑮「治安維持法制定から100年目の教訓」(2025年11月号)
- 第46回 違憲な安保法制成立から10年たって(2025年11月号)
- 第45回 権力を疑い、人を信じる-憲法からはじまる政治の授業(2025年10月号)
- 第44回 夏休みジュニア・ロースクールの取り組み(2025年10月号)
- 第43回 靖国違憲訴訟弁護団としての思い(2025年9月号)
- 第42回 第2次世界大戦の惨禍を博物館で振り返る(2025年7月号)
- 第41回 憲法の成り立ちと憲法改正草案(2025年6月号)
- 第40回 憲法記念日の街頭宣伝行動のご報告(2025年5月号)
- 第39回 日本学術会議法案の問題点(2025年5月号)
- 第38回 東弁の人権フェスティバル(2025年3月号)
- 第37回 シンポジウムを終えて(2025年3月号)
- 第36回 古くて新しい憲法のはなし⑭
「戒厳令・緊急事態と憲法~韓国の戒厳令発令と解除から学ぶ危険性~」(2024年12月号) - 第35回 古くて新しい憲法のはなし⑬
「冤罪と三権分立~政府は裁判所の「証拠をねつ造した」との判断を尊重しなければならない~」(2024年11月号) - 第34回「表現の自由の保障の意味を今一度考える」(2024年10月号)
- 第33回「古くて新しい憲法のはなし⑫ 外国人と人権~外国籍と日本国籍とで人権保障に差を設けてよいのか~」(2024年8月号)
- 第32回「『軍事化とジェンダー』を考える ~四会憲法記念シンポジウムの報告~」(2024年7月号)
- 第31回「古くて新しい憲法のはなし⑪ 死刑制度と憲法」(2024年3月号)
- 第30回 映画「オッペンハイマー」と核兵器について(2024年2月号)
- 第29回「日本の憲法の問題点」(2024年1月号)
- 第28回「先島諸島を訪問しました」(2023年12月号)
- 第27回「古くて新しい憲法のはなし⑩ 労働者は団結することによって守られる~ストライキと憲法~」(2023年11月号)
- 第26回 「関東大震災百年に思う」(2023年9月号)
- 第25回「古くて新しい憲法のはなし⑨ 多数決と憲法」(2023年7月号)
- 第24回 「坂本龍一さんと日本国憲法」(2023年6月号)
- 第23回 「憲法とSDGs」(2023年2月号)
- 第22回2022年公開の映画で考える憲法と人権(国際編①)(2023年1月号)
- 第22回2022年公開の映画で考える憲法と人権(国際編②)(2023年1月号)
- 第22回2022年公開の映画で考える憲法と人権(国際編➂)(2023年1月号)
- 第21回 2022年公開の映画で考える憲法と人権(国内編①)(2022年12月号)
- 第21回 2022年公開の映画で考える憲法と人権(国内編➁)(2022年12月号)
- 第21回 2022年公開の映画で考える憲法と人権(国内編③)(2022年12月号)
- 第20回「憲法の本質と緊急事態条項」(2022年9月号)
- 第19回「古くて新しい憲法のはなし⑧ 選挙の楽しみ方~有権者としての「特権」を生かそう~」(2022年7月号)
- 第18回「古くて新しい憲法のはなし⑦「有権者」って誰だ~国民主権をめぐって~」2022年6月号)
- 第17回「古くて新しい憲法のはなし⑥ 憲法9条はお花畑か。」2022年5月号)
- 第16回「古くて新しい憲法のはなし⑤ 生活の中で憲法を使って生きてみませんか。」(2022年5月号)
- 第15回「グレーゾーン事態というグレーな領域でのグレーな試論」(2022年4月号)
- 第14回「ウクライナは憲法に何を語りかけているか」(2022年4月号)
- 第13回「古くて新しい憲法のはなし④ ロシアのウクライナ侵攻と日本国憲法」(2022年3月号)
- 第12回 武蔵野市住民投票条例案について(2022年2月号)
- 第11回マイナンバーカード普及推進の問題点(2022年1月号)
- 第10回「古くて新しい憲法のはなし③「大人になる」ってどういうこと?」(2022年1月号)
- 第9回 東アジアを巡る国際情勢の変化と日本人の戦争意識(2021年12月号)
- 第8回 憲法学と選挙制度①(2021年10月号)
- 第8回 憲法学と選挙制度②(2021年10月号)
- 第8回 憲法学と選挙制度③(2021年10月号)
- 第7回 ワクチン接種者に対する優遇措置について(2021年10月号)
- 第6回「表現の不自由展かんさい」を訪れて①(2021年9月号)
- 第6回「表現の不自由展かんさい」を訪れて➁(2021年9月号)
- 第5回 演劇「あたらしい憲法のはなし3」が2021年9月10日~12日まで東京芸術劇場で開催されます(2021年9月号)
- 第4回「公益と憲法~映画助成金裁判と表現の自由~」(2021年8月号)
- 第3回「古くて新しい憲法のはなし② 憲法に書いてあることは「理想」なの? 」(2021年7月号)
- 第2回「古くて新しい憲法のはなし① 憲法って何だろう」(2021年7月号)
- 第1回「憲法はあなたを守っているのか」(2021年5月号①)
- 第1回「憲法はあなたを守っているのか」(2021年5月号②)
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第49回 加藤陽子教授「近代日本の戦争を戦後80年の地平から考える」を聴講して ~憲法講演会報告~(2025年12月号)
弁護士 髙井健太郎(東京弁護士会 憲法問題対策センター副委員長)
東京弁護士会内の三会派(法曹親和会/法友会/期成会)が定期的に開催する憲法講演会は、今年4月に開かれた宇野重規教授(政治学・東京大学社会科学研究所)による「トランプ2.0 民主主義の行方」に続き、加藤陽子教授(歴史学・東京大学大学院人文社会研究系)による「近代日本の戦争を戦後80年の地平から考える」が11月17日に開かれました。その講演タイトルから想像されるようにその講演内容は豊富かつ多岐にわたり、その概要をまとめることは私の手に余るものなので、聴講しながらつらつらと思い浮かんだ感想を簡単に述べて、報告に代えさせていただきたいと思います。
本講演のなかで特に印象に残ったのが、加藤教授が全体のイントロダクションとして、SF小説の大家・小松左京(1931~2011年)の短編「地には平和を」(1963年初出)と日本古代史の大家・直木孝次郎(1919~2019年)のエッセイ「森鴎外は天皇制をどう見たか――「空車」を中心に」(2011年初出、『歴史学者と天皇・戦争』吉川弘文館収載)を取り上げていたことでした。
前者は、いわゆる「歴史改変SF」と呼ばれるジャンルのものです。1945年8月15日の正午に予定されていた玉音放送は流されず、その代わりに、鈴木貫太郎首相以下閣僚・重臣が「不測の事故」により死亡したという臨時ニュースが流される・・・・・・という「もう一つの歴史」を舞台として、米軍との絶望的な本土決戦のなかを少年兵がさまようというストーリーで、小松左京の実質的デビュー作として知られています。後者は、森鴎外が軍医として34年間務めた陸軍省を退職した1916年に発表した「空車(むぐるま)」を題材として、この400字詰原稿用紙約6枚の超短編小説について歴史学者としての独自の解釈を展開するものです。
前者は、個人的にも思い出深い作品で、今から45年ほど昔の中学生時代、当時SF小説にはまっていた私はこの作品を読んで感銘のあまり、クラスの学級日誌に感想文めいたものを書いた記憶があります。5000年後の未来から到来し「本来の歴史」から「もう一つの歴史」を分岐させるという時間犯罪を行った天才博士に、小松は、次のように語らせます。「・・・・・・日本はもっと大きな犠牲を払っても、歴史の固い底から、もっと確実なものをつかみあげるべきだった。・・・・・・日本という国は完全にほろんでしまってもよかった。」(『小松左京セレクション1』河出文庫69頁。ちなみにこの一文は昔の学級日誌でも引用)。ここには、本土決戦を戦う少年兵でもありえた小松の生の声が溢れていると言えるでしょう。
一方、後者において、鴎外が白山通りを空の大きな荷車が馬に曳かれていく様を「それが空虚である故に、人をして一層その大きさを覚えしむる。この大きな車が大道狭しと行く・・・・・・此車に逢えば、徒歩の人も避ける。騎馬の人も避ける。貴人の馬車も避ける」と描く空車とは、鴎外からみた天皇制のことであり、その空車を馬の口をとって曳く「背の直(すぐ)い大男」とは、鴎外からみた元帥・山県有朋の姿と直木は読み解きます。鴎外はこの空車の行き着く先を記していませんが、この掌編発表から3年後に生まれ、その後100年を生きた直木、そして、それに仮託した加藤教授の観点からは、天皇制という空車をその周囲に侍る重臣たちが曳き続けることで、かろうじて成り立っていた近代日本のあやうさが、一気に露呈したのが1930年から1945年の敗戦に至る道程だったと言うべきでしょうか。
「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きることのないようにすることを決意」(前文)し誕生した日本国憲法でありますが、戦後80年を迎えた今日、我々は本当に「歴史の固い底から、確実なものをつかみあげる」ことができたと言えるのでしょうか。またぞろ、対国内向けの威勢のよい言説が蔓延る今日この頃、加藤教授の講演を通じて、この二作品をとば口に、過去の歴史を無意味なものとしないための視座を示していただいたと感じた次第です。
