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憲法問題対策センター

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第52回 中国が台湾を武力攻撃しても法理論的にはどう考えても存立危機事態にはなり得ない(2026年2月号)

弁護士 棚橋 桂介 (憲法問題対策センター事務局長)

2025年11月7日の衆議院予算委員会における高市首相の発言が物議を醸し、日中関係にも影響をもたらしています。
「どう考えても存立危機事態になり得る」という部分がクローズアップされていますが、正確を期すため、その前後の発言も含めて引用します。
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先ほど有事という言葉がございました。それはいろいろな形がありましょう。例えば、台湾を完全に中国、北京政府の支配下に置くようなことのためにどういう手段を使うか。それは単なるシーレーンの封鎖であるかもしれないし、武力行使であるかもしれないし、それから偽情報、サイバープロパガンダであるかもしれないし、それはいろいろなケースが考えられると思いますよ。だけれども、それが戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になり得るケースであると私は考えます。

実際に発生した事態の個別具体的な状況に応じて、政府が全ての情報を総合して判断するということでございます。実に武力攻撃が発生したら、これは存立危機事態に当たる可能性が高いというものでございます。法律の条文どおりであるかと思っております。
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しかし、上記発言の、中国が台湾を支配下に置くために武力を行使した場合にはどう考えても存立危機事態になり得る、当たる可能性が高いという部分は、法理論的にはどう考えても成り立ち得ません。

まず、安保法制が、十分な歯止めなく集団的自衛権の行使を認める内容のものであるとすれば、それは2014年7月1日閣議決定より前の政府による有権解釈(憲法典と一体となって憲法規範を構成していたもの)に明白に反しており、違憲といわざるを得ません(これは安保法制が成立したときに日本弁護士連合会と全ての単位弁護士会が指摘したとおりです)。

安保法制がこのような性質のものであるのだとすれば、そもそも法律自体が違憲である以上、その要件に該当するとしてなされた行為もやはり違憲となってしまうわけで、個別の事案が存立危機事態の要件を充足するかどうかを議論することに法的に意味はありません。

次に、安保法制が、極めて限定的にのみ集団的自衛権の行使を認めたものであり、集団的自衛権行使の前提となる存立危機事態にあたる場面は現実には想定しがたい、このような厳格な解釈運用がなされることを前提とすれば安保法制は明白に違憲とまではいえない(但し違憲の余地は残る)という考え方(仙台高判令和5年12月5日判時2603号45頁のとる考え方)に立った場合は、仮に安保法制が合憲であるとしても、存立危機事態の要件(我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態)が充足されるのは、他国に対する武力攻撃が発生した場合において、そのままでは、すなわち、その状況の下、国家としてのまさに究極の手段である武力を用いた対処をしなければ、国民に、「我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況」である場合に限られ、明白な危険は、単なる主観的な判断や推測等ではなく、客観的かつ合理的に疑いなく認められなければならないことになります。

そもそも台湾は国家ではないとすれば、台湾に対する武力攻撃は他国に対する武力攻撃とはいえませんし、その点を措くとしても、台湾が武力攻撃を受けた段階で、そのままでは国民に「我が国が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況」が生じることはおよそ考えられません。

アメリカが事態に介入して中国と交戦し、その段階でアメリカから日本に援助要請がなされた場合を想定しても、日本が武力攻撃を受けていない段階で、日本が武力攻撃を受けた場合と同様な深刻、重大な被害が及ぶことが明らかな状況が客観的かつ合理的に疑いなく認められるということは、やはり考えられないでしょう。

実は、高市首相自身、冒頭に引用した発言部分の前で、2015年9月14日の参議院我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会における横畠裕介内閣法制局長官(当時)の「実際に起こり得る事態というものを考えますと、存立危機事態に該当するのにかかわらず武力攻撃事態等に該当しないということはまずないのではないかと考えられる」との答弁を維持している旨の発言をしています(「武力攻撃事態等」は、「武力攻撃事態」(武力攻撃(我が国に対する外部からの武力攻撃)が発生した事態または武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態)と「武力攻撃予測事態」(武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態)をあわせた呼称です)。この答弁は、要するに「存立危機事態に該当するならば武力攻撃事態等に該当する」、逆に言えば「武力攻撃事態等に該当しないならば存立危機事態には該当しない」ということを言っているわけです。なお、武力攻撃事態等においては、日本が武力攻撃またはその明白な危険にさらされているわけですから、(武力攻撃が未だ発生していない段階でどこまでのことができるかという問題はあるものの)集団的自衛権ではなく個別的自衛権で憲法適合的に対応することが可能です。

政府が言っていた極めて限定的な解釈姿勢を厳格に守るという、仙台高判が安保法制を明白に違憲と判断しないことの前提とした部分に基づいて考えるならば、台湾または台湾有事に参戦したアメリカに対する武力攻撃がなされた場合であっても、存立危機事態の認定が法的にはできないことが明らかです(なお、仙台高判の読み方の詳細については長谷部恭男・棚橋桂介・豊秀一『検証 安保法制10年目の真相──「仙台高裁判決」の読み方』(朝日新聞出版、2025年)をご参照ください)。

最後に、安保法制の憲法適合性の問題を完全に脇に置いて、仮に安保法制が合憲だと仮定したとしても、法的に見れば、台湾有事に集団的自衛権すなわち存立危機事態が成立する余地はそもそもありません。

この点については、宮﨑礼壹元内閣法制局長官が12月4日朝日新聞朝刊の記事で語っておられますので、そちらをご参照いただきたいのですが、簡単に言うと、台湾は独立国として認められておらず国連加盟国でもないこと、中国は「一つの中国」を主張し日本もこれを尊重するとしてきていることから、台湾については集団的自衛権を行使する国際法上の前提条件がないこと、そうである以上、中国が台湾への武力侵攻に着手し、台湾がアメリカに武力支援を要請し、アメリカが中国に対し武力攻撃をした場合に、アメリカの中国に対する攻撃を集団的自衛権により国際法上正当化することは困難であること、武力行使が認められるのは急迫不正な武力攻撃を受けている場合に限られるところ、急迫性の要件が満たされているかにも疑問があるという内容です。

以上より、冒頭の高市首相の発言は、憲法にもそれまでの政府の答弁の内容にも即していない誤った内容のものであり、中国が台湾を武力攻撃しても法理論的にはどう考えても存立危機事態にはなり得ないという結論になります。

少し皮肉めいた言い方をするならば、2014年から2015年にかけて、安倍政権が、正面から憲法改正を行って集団的自衛権の行使を容認するという正道を選択せず、憲法改正手続を潜脱する解釈変更という弥縫策に走ったツケが、今回きているという見方もできるでしょう。

何事もそうですが、裏口からこっそりという不正な手法は、長い目で見れば利益より不利益をもたらすのであり、そうしたことも含めて権力を監視するのが国家を構成する有権者の義務であり、その監視に資する情報や法的視点を提供するのも弁護士や弁護士会の使命ということになります。

国際秩序が揺らいでいる中でこそ、現在の日本の出発点であり屋台骨である日本国憲法の考え方に立ち戻り、戦後80年、日本が戦争に巻き込まれずに済んだのはなぜかをよく考え、常に冷静さを失わずに現実と向き合い、よりよい世界を目指していくことが求められます。

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