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公益通報者保護特別委員会

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内部通報制度の活性化の「副反応」と制度の持続可能性 ― 内部通報担当者と組織に求められる視点と対応 ―(2026年5月号)

1.はじめに

 私は社内弁護士として、2016年から約7年半、社内通報窓口業務に携わり、終盤はグループ全体の制度の責任者の立場にもありました。2018年には、本コラムにおいて、通報窓口に寄せられる相談について、コンプライアンス上の問題に限らずとも寄り添いながら傾聴し、何か一つでも前向きなヒントを提示することの意義について寄稿いたしました。

 その後、1回目の公益通報者保護法の改正(2020年)を契機として、各社において内部通報体制の整備が進み、私の所属する組織においても制度の見直しや運用の高度化に取り組んできました。具体的には、通報のハードルを下げるための工夫として、敷居の低さや親近感が伝わるよう工夫した定期的な情報発信(メルマガ)を通じて通報事例、通報制度についてのFAQ等を紹介し、その返信によって通報が可能となる仕組みを導入するなど、通報の活性化に向けた取組みを継続してきました。

 これらの取組みは、通報制度に対する心理的ハードルを下げるとともに、「幅広い内容について気軽に相談してよいのだ」という認識を組織内に広げる効果を有していたと考えております。その結果、通報件数は着実に増加し、内部通報制度が組織の中で実質的に機能し始めているという手応えを得るに至りました。内部通報制度の活性化は、組織の自浄作用の観点から極めて重要であり、歓迎すべき変化であると言えます。

 もっとも、この通報活性化の過程において、いわば「副反応」ともいうべき現象が顕在化しています。すなわち、職場内の人間関係の軋轢や職場・上司に対する不満といった、本来的にはコンプライアンスの問題とは評価し難い内容の通報が増加し、通報窓口に寄せられる相談の性質が変化しているのです。

 こうした通報は、通報制度に対するアクセスの広がりという側面では一定の意義を有するものの、同時に、通報窓口担当者の負担を増大させる要因ともなり得ます。その結果、本来最も注力すべき法令違反や不正行為への対応に割くべきエネルギーが低下するという、本末転倒のリスクが現実のものとなりつつあります。現場においては、内容的に対応に苦慮する相談や、長時間の対応を要する案件が増加し、担当者の疲弊が蓄積していく状況も見受けられます。

 この問題は、一部の組織に特有のものではなく、内部通報制度の運用に携わる多くの現場に共通する課題となりつつあるのではないかと考えております。

 私は、その課題は通報窓口担当者が個人で折り合いをつけて解消すべき段階を過ぎ、組織全体の問題として捉え、具体的な対応が求められる段階に入っているのではないかと感じています。

 そこで本稿では、この通報活性化の「副反応」を踏まえ、制度の実効性を損なうことなく、通報窓口担当者の負担とのバランスをいかに図るべきかについて、実務の視点から整理し、二つの処方箋を提示いたします。なお、内部通報制度の活性化そのものは、組織の自浄作用の観点から極めて重要であることはいうまでもありません。

2.処方箋① 通報内容の性質を見極め、適切に切り分ける

 通報窓口に寄せられる相談については、先入観を持たずに受け止める姿勢が重要です。他方で、その内容の性質を見極める視点も不可欠です。

 この点、実務上、通報者の主張を丁寧に整理いたしますと、表面的にはコンプライアンス上の問題として語られている事象であっても、その本質が処遇への不満や人間関係に起因するものである場合や、コンプライアンス上の問題とは評価し難い要素が含まれているケースは少なくありません。また、複数の論点が混在し、その一部のみがコンプライアンス上の問題として評価し得るといったケースも見受けられます。

 このような場合には、通報内容を分解し、コンプライアンス上の問題として扱うべき部分と、それ以外の部分とを明確に切り分けることが重要です。その上で、制度の趣旨に照らして対応対象とならない事項については、予め規程等において整理・明示し、その内容を踏まえて、内部通報窓口として対応できない旨を明確に説明できる状態にしておくことが望ましいと考えます。

 通報者がメンタル面の不調を抱えているなど、現実に困難な状況に置かれている場合、このような対応に躊躇を覚える場面もあると思われます。しかしながら、内部通報制度は、コンプライアンス上の問題の自浄を目的とする制度です。対応の範囲を曖昧にしたまま関与を継続することは、通報者の期待を不必要に高め、結果として対応の長期化や担当者の負担の増大を招くおそれがあります。

 もっとも、そうした対応が長期化し、内部通報窓口担当者だけでは受け止め切れない状況に至った場合には、必要に応じて、外部の弁護士に一定の対応窓口を担ってもらうことも現実的な方策として考えられるところです。

 したがって、適切な切り分けを行い、対応の要否を明確にすることは、担当者の負担軽減のみならず、制度全体の適切な機能維持という観点からも重要な意義を有すると考えております。

3.処方箋② 寄り添いすぎず、適切な距離感を保つ

 通報窓口には、コンプライアンス上の問題にとどまらず、多様な悩みや不安が寄せられます。その一つ一つに真摯に向き合う姿勢は、制度に対する信頼を支える重要な要素です。

 しかしながら、担当者が相談全体に対して過度に感情移入し、当事者の立場に深く入り込みすぎた場合、心理的負担が増大し、対応の質や継続性に影響を及ぼすおそれがあります。通報の中には、問題の是正そのものではなく、自らが抱く苦痛等の解消や共感を求めることに主眼が置かれているケースも少なくありません。

 また、通報者は複雑な感情を抱えていることも少なくなく、理由を明示して対応が困難である旨を説明した場合であっても、その対応自体に対する不満が増幅し、担当者個人に対する批判が繰り返されるなど、対応が過度な負担となる状況に至ることもあります。実際、私自身も心理的負担に悩まされたときがありました。

 このような状況において、通報者の感情を一定程度受け止めることに意義はあるものの、その受け皿を受付窓口担当者個人に委ね続けることは適切ではありません。内部通報窓口は、あくまで会社の制度であり、個人の献身によって支えられるべきものではありません。

 したがって、通報窓口がいわゆる「お客さま対応」を行う場ではないことを会社として明確にし、制度の趣旨や通報窓口担当者の役割について組織内で共有することが重要です。また、コンプライアンス上の問題と整理できない申し出については、一貫した理由に基づき対応困難であることを伝えることで足りることを明確にし、通報窓口担当者が過度な心理的負担を負わないよう、組織として心理的安全性を確保する必要があります。

 さらに、通報窓口担当者の業務は、会社のリスク管理において極めて重要な役割を担っております。その負担の状況を適切に把握し、評価するとともに、当該業務を会社を守るための前向きな職務として位置付けることが、制度の持続可能性の観点から不可欠であると考えます。

 加えて、担当者が自らの知見やスキルを十分に発揮し、情熱を持って業務に向き合いながら、心理的にも安心して働くことができる環境を整備していくことが、制度の持続可能性を支える基盤となるものと考えます。

4.おわりに

 内部通報制度は、その仕組みや規程の整備のみで実効性が担保されるものではなく、日々その運用を担う内部通報担当者の皆さまの尽力によって支えられている制度です。

 通報活性化の流れの中で、通報件数が増加すること自体は、制度が機能していることの現れとして、基本的には好ましい現象といえます。しかし、その「副反応」として、コンプライアンスと関係のない申し出への対応負担が増大していることもまた、紛れもない事実です。したがって、その運用を支える体制や負担の在り方についても、改正法対応とは別の観点から見直しが求められる局面に来ていると考えております。

 そのような状況においても、通報窓口担当者が制度の趣旨とご自身の役割を見失うことなく、通報者や通報内容と適切な距離感を保ちながら対応を積み重ねていくことが、制度の持続可能性と実効性を支えることにつながります。

 こうした取組みは、担当者個人の努力に委ねられるべきものではなく、組織としてその実態の重さを認識し、適切な支援と評価を行っていくことが不可欠であると考えております。

 本稿が、通報窓口担当者の方々やその所属する組織にとって、改めて内部通報制度の運用の在り方を見つめ直す一助となれば幸いです。

 以上

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